国共内戦における中国の暴虐2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/07 14:26 投稿番号: [1375 / 2250]
児島襄著
『日中戦争2』
文春文庫38〜39p
《 七月二十七日
―
午後四時ごろ、第十五師と第十九師の一団は長沙市内を通過して西南方の
益陽方面に走り、主席何鍵をはじめ要人とその家族も逃散した
「共匪軍」
は、まだ城外に位置していたが、糟谷領事は午後八時、
在留邦人全員に
『海軍倶楽部』
への避難を命じた。
その避難がおこなわれはじめた午後九時ごろ、突然、
省政府建設庁の前に機関銃がすえられた。
発砲と同時に建設庁に火の手があがり、その発火を合図のように、
街には、半裸体の肩に弾帯をかけ、小銃をにぎった
「共匪」
がとびだした。
難民として潜入していた
「紅軍」
便衣隊の蜂起である。
銃声がひびき、官庁は次々に襲撃され、 「紅軍」
便衣隊につづいて、
市内の無頼漢たちが槍をかかえて横行し、民家、商店を掠奪しはじめた。
長沙暴動の開幕
―
である。
午後十時すぎ、市の北端に位置する小呉門から、約千五百人の
「紅軍」
が
市内に進み、刑務所、公安局などを焼きはらった。
刑務所の場合、女性記者A・スメドレーによれば、約五百人の囚人を釈放したあと、
建物に放火し、外壁はダイナマイトで粉砕した、という。
「紅軍」
は、労働者、窮民の参加を呼びかけ、
主席何鍵の邸宅をはじめ銀行、富商宅などを襲撃させた。
火炎が夜空をなめ、銃声と叫声が市内に満ち、市民たちはあるいは逃げまどい、
あるいは屋内にひそみ、混乱と恐怖が長沙を支配した。
40〜41p
七月二十八日
−
夜明け前に、長沙市を五分割して各地区委員会が設けられ、
「労働者義勇軍」 「赤衛軍」
も組織された。
労働者、貧困階級者、そして毛沢東がいう
「ルンペン」、 ヤクザ者などをふくみ、
いずれも腕、首に赤布をまきつけて、 「家から家をまわり、商人、地主、
役人を狩り出した」
と、記者スメドレーは記述する。
「紅軍第三軍団」
主力は、正午までに長沙市内に入城した。
すかさず、 「まるで魔法のように 」
と記者スメドレーが形容するように、
街中の壁に宣伝ビラがはられた。
「ソヴィエト政府成立」「帝国主義的財産ノ没収」「大企業、銀行、交通機関ノ管理」
「友邦ソヴィエト・ロシヤト提携」「各官衙
(かんが)
機関ノ破壊」「農工兵ノ解放」
「閻錫山、蒋介石等軍閥ノ打倒」「不平等条約ノ取消シ」「租界回収」……。
註
:
官衙 (かんが)
とは役所の事
つづく
これは メッセージ 1373 (kireigotowadame さん)への返信です.
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