済南事件6 日本の停戦軍使撃たれる
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/01 16:22 投稿番号: [1362 / 2250]
児島襄著
『日中戦争1』
文春文庫
178〜179p
《 蒋介石は、急いで随行している南京駐在武官佐々木到一中佐に要請した。
「革命軍にすぐ停戦を命ずる。白旗をたてて歩かせる。
日本軍も停戦するよう尽力をお願いしたい」
その十分後、午前十一時ごろ、国民革命軍第四十軍長副官を名のる人物から、
総領事館警察署に電話がかかってきた。
「中国軍ニ対シテハ
射撃ヲ中止セシムベキ ニツキ、
日本軍ニ於テモ
即時射撃ヲ中止セラレタシ」
第六師団参謀長黒田周一大佐は、 「日本軍ノ射撃ハ自衛」
のためである。
中国側が射撃を中止すれば
「自ラ停戦」
になる、と返答した。
しかし、中国側は実際には
「射チ方止メ」
を命令しないのか、
命令が到達しないのか、それとも受令した出先き部隊が承服しないのか、
そのいずれにせよ、銃撃を中止する気配はなく、日本軍も応戦をやめなかった。
180p
午前十一時三十分、蒋介石は、総領事代理西田畊一を通じて再び停戦を要望してきた。
師団長福田中将は、中国側の優勢と、乱戦気味に連絡困難になっている指揮下
部隊の状況とを考えあわせて、師団の態勢立て直しのために停戦に応ずることにした。
西田総領事代理に承知の旨を中国側につたえさせ、正午、停戦を下令した。
・・・
181p
中国兵は路地と民家の庭内を右往左往してはやみくもに発砲し、銃声はより一層に激化した。
旅団司令部
(横浜正金銀行済南支店)
では、参謀菊池門也中佐が、中国側に
停戦を勧告すべく、捕えた国民革命軍外交処弁事康明震を派遣することにした。
午後一時二十分、康明震は同じく捕えられた国民革命軍士官二人とともに、
白旗をふりながら二馬路を西進した。
憲兵伍長田中新ほか三人が護衛として同行した。
中国側は、白旗を左右にふる一行に容赦なく射撃を加え、
康明震らは立ちどまったまま前進を拒否した。
182p
田中伍長が先頭に立ち、 「不打」 (射つな) 「不打」
と叫んで
一行を引率していたが、緯五路二馬路の交差点にさしかかったとき、
南側民家に潜伏する中国兵の機銃射撃をうけた。
田中伍長は戦死し、一行は遺体を収容して旅団司令部にひき返した。
184p
斎藤少将は、とりあえず装甲自動車の
「上面及ビ周囲ニ停戦文ヲ大書」
して、
通訳将校河野又四郎中尉に宣伝ビラを散布しながら停戦勧告をさせることにした。
しかし、中国側に接近した装甲自動車は、たちまち猛射撃をうけ、
勇敢に身をのりだしてメガホンで叫ぶ河野中尉も負傷して、計画は頓挫した。》
*
蒋介石が狡猾なのか、中国兵が命令に従わないのか、信じた日本人がバカなのか、
停戦を要求した、中国側が射撃を止めず、日本の軍使が撃ち殺されている。
つづく
これは メッセージ 1360 (kireigotowadame さん)への返信です.
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