昭和元年 中国での暴虐事件6漢口
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/12/06 18:41 投稿番号: [1277 / 2250]
『もう一つの南京事件』
日本人遭難者の記録
田中秀雄編集・解説
注 : この本の原本は昭和2年に書かれたもの。
車夫、苦力の横暴1
111〜112p
《 こうした不愉快な事件は毎日のように起こった。
英租界騒擾以来、さなきだに不安に脅えている邦人の間には
ボツボツ内地に引揚げる者が生じてきた。
その矢先に勃発したのが南京事変である。人心は一層に動揺した。
殊に支那人側では南京における邦人婦女子の凌辱事件を誇大に取沙汰し
無頼の徒の如きは、漢口がそうなったら一番に若い女を狙うのだと放言していた。
これでは婦女子ならずともいい気持ちはしない。
漢口の日本新聞が婦女子に猿股の常用を勧めたために、
たちまち雑貨店に猿股売り切れの盛況を呈したのはこの前後である。
かくて邦人婦女子引揚げの声は高くなった。
ここにおいてか一番に騒ぎ出したのは日本人使用のボーイである。
失職を恐れた彼らは荷物の荷造りや持ち運びを妨げ、極力引揚げの阻止に努めた。
これには洋務工会乃至総工会の使嗾があったようだ。
現に三月三十日晩に日本人倶楽部で民会開催中十二時ごろに
十人余りの工会の連中が寶妻氏を訪ね、
翌三十二日の婦女子引揚げの中止方を頼み込んできたこともある。
その頃に総領事引揚げの噂が立った。事実そういうことはなかったそうだが、
領事夫人が虫干しのつもりか何かでトランクを扱ったのを
ボーイどもで引揚げ準備だと早合点し、
早速洋務工会に注進に及んだのが一般に洩れたのであった。
総領事は人心の動揺を慮り、わざわざこれがために釈明したりした。
個人個人のボーイでも非常に注目しているので、
せっかく荷造りしたものも持ち出せなくなり、
いよいよ引揚げとなって全然放棄の余儀なき羽目になった者は少なくない。
今日漢口の引揚げ避難者が思いのほかに困窮しているのは
実にこれにも原因しているのだ。
つづく
これは メッセージ 1275 (kireigotowadame さん)への返信です.
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