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12月4日の上海派遣軍と海軍の動き

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/07/28 18:53 投稿番号: [125 / 2250]
上海派遣軍

四日、第十三師団は一部 (歩兵第二十六旅団長沼田重徳少将の指揮する歩兵三大隊、
山砲兵一大隊基幹) をもって揚子江水路開放ならびに石荘鎮−靖江−泰興道遮断のため、

揚子江を渡河して靖江を占領し、主力は江陰付近を出発し、江陰 −常州 − 奔牛鎮
− 孟河城 − 鎮江道を鎮江付近に前進し、揚子江左岸地区に向かう作戦を準備させた。

(戦史叢書『支那事変   陸軍作戦1』423p)



海軍の揚子江啓開作戦

  四日の経過    四日、江陰要塞占領の確報があったが、巫山、長山両砲台付近の状況は
つまびらかでなかった。この日 10:30、旗艦安宅はベントビーコン付近まで進出した。

「保津」 は 「八重山、粟、栂、蓮」 の聯合陸戦隊 (坂本大尉以下八六名) を乗せて
09:00 出港、10:55 巫山の北東約一浬に仮泊、同地で上陸させ、巫山砲台方面の敵情偵察、

管制機雷用電纜 (でんらん:ケーブルの事) の発見処分及び陸軍との連絡に任じさせた。

一方 「粟、栂、蓮」 も 09:00 出港、正午ころ巫山の北方約二浬付近まで進出して
「保津」と協力、陸戦隊の掩護に任じ、13:30 ビッグツリー浮標付近に帰着した。


「八重山」 はクーパーバンク南西にある管制機雷の位置付近の清掃計画を立て、
同艦分隊長を指揮官とし、「八重山、安宅」内火艇各一隻をもって小掃海隊を編成、

08:00 出発、15:20 クーパーバンク南西予想敷設線の掃海を開始し、機雷三個を拘束した。
しかし処分するに至らず、うち一個に位置浮標を入れた。

特別掃海隊 (林少佐指揮・特掃四) は保津艦長指揮の下に福姜沙港水路の清掃
及び航路標識設置を実施した。

神川丸機は終日、ビッグツリーの上流一、七〇〇米一帯の江中に爆弾を投下、
機雷原を暗探したが誘爆を見なかった。

また前路警戒隊指揮官は 「蓮」 に北水道の略掃を命じたが、同艦長は 「現場の操艦困難で
見込みなく、また水深浅く現有掃海具では掃海不能である」 旨を報告した。


「寧海」 の捕獲
保津艦長上田光治中佐は 12:15、内火艇で水路探索のため同艦発、

江陰閉塞線の南端と陸岸との間を縫うて封鎖線を突破、
我が爆撃を受け大破し江陰対岸に坐礁中の中国巡洋艦 「寧海」 を捕獲した。

この間敵陣地から機銃射撃を受け、後檣 (しょう) 上に負傷兵一名を残したまま
内火艇は避退、「保津」 に帰艦した。

よって 「保津」 は14:55 発、15:20 閉塞線を突破、
八う (土+于) 港の敵陣を銃砲撃しつつ 「寧海」 に近接し前記兵を収容のうえ

18:25 閉塞線を突破し、巫山錨地に帰投した。
同夜、艦長は江陰方面陸軍部隊と連絡のため七名を上陸させた。

一行は第十三師団と連絡をとり、五日朝帰艦した。第二十四駆逐隊は三日午後佐世保発、
四日 17:00 クロッシング着、「八重山」と交代して前路警戒隊の任務を継承した。

「八重山」は任務を解かれ下江した。
(戦史叢書『中国方面海軍作戦1』458〜459p)
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