安全区に高射砲を据える中国軍
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/07/27 18:46 投稿番号: [124 / 2250]
ラーベの日記より
十二月三日
ローゼンが訪ねてきた。トラウトマン大使がよろしくいっていたとのことだった。
昨晩大使は税関の艀 (はしけ) でこちらにきたのだが、そのまま漢口へとんぼ返りしたという。
思った通り大使は和平案を伝えに蒋介石の所へ行ったのだ。
私がそういうと、何度かためらったあと、ローゼンも認めた。
細かい内容についてはもちろん何も聞き出せなかったが、こちらもそれ以上聞くつもりはなかった。
そういう行動に出たというだけで十分だったからだ。うまくいくといいが!
ローゼンは私に電報を見せてくれた。
これは本当は大使あてなのだが、つぎのような内容だった。
ドイツ大使館南京分室
漢口発
三七年十二月二日
南京着
十二月三日
東京、十二月二日
日本政府は、都市をはじめ、国民政府、生命、財産、外国人及び無抵抗の中国人民を
できるだけ寛大に扱う考えをもっております。
また、国民政府がその権力を行使することによって、
首都を戦争の惨禍から救うよう期しております。
軍事上の理由により、南京の城塞地域の特別保護区を、認めるわけにはいきません。
日本政府はこの件に関して、公的な声明を出す予定です。
ザウケン
ローゼンは、ほかの国の大使館はこれに似た内容の電報を受け取っていないことをつきとめた。
差出人の名を明かさないまま、この扱いは委員会に一任された。
ローゼンさんは、蒋介石夫人に接触してはどうか、と勧めてくれた。
防衛軍の責任者である唐が軍関係者や軍事施設をすべて撤退させると約束した。
それなのに、安全区の三カ所に新たに塑壕や高射砲台を配置する場が設けられている。
私は唐の使者に、「もしただちに中止しなければ、私は辞任し、委員会も解散する」 と
いっておどしてやった。するとこちらの要望どおりすべて撤退させると文書で言ってきたが、
実行には少々時間がかかるというただし書きがついていた。
十二月四日
どうにかして安全区から中国軍を立ち退かせようとするのだが、うまくいかない。
唐将軍が約束したにもかかわらず、兵士たちは引き揚げるどころか、
新たな塹壕を掘り、軍関係の電話をひいている有様だ。
今日、米を運んでくることになっていた八台のトラックのうち、半分しか着かなかった。
またまた空襲だ。何時間も続いた。
用事で飛行場にいたクレーガーは、あやうく命を落とすところだった。
百メートルぐらいしか離れていないところにいくつも爆弾が落ちたのだ。
難民は徐々に安全区に移りはじめた。
ある地方紙は 「外国人」 による難民区などへ行かないようにと、繰り返し書き立てている。
この赤新聞は、「空襲にともなうかもしれない危険に身をさらすことは
全中国人民の義務である」 などとほざいているのだ。
これは メッセージ 123 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/124.html