日本軍兵士が目撃・体験した南京事件(2)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/01 01:25 投稿番号: [1182 / 2250]
日本軍兵士のよる虐殺は、一部の不届き者が
衝動に駆られて
偶発的に引き起こしたものではないことが、多くの 目撃談や
記録資料によって 明白となっている。
さらに、前述の 海軍将校の記録の続きを 引用しておこう。
十二月二十七日。この日は市内の西部を重点的に見回る予定
であった。 が、前々日の光景が あまりにも鮮明に記憶に
残っていたので念のために、まず再び下関に行くことにした。
下関の処刑場に近づくと、この日もまた、城内の方から、
中国人を乗せた 無蓋のトラックが、続々とやってきて、
倉庫地帯に消えていた。 再び、警戒中の哨兵にことわって、
門を入ったところ、前々日と同じような処刑が行なわれていた。
そこで、ある種の疑間が 生じた。
それは、 「多数の中国人を 大した混乱もなく、どうして、
ここまで連れてくることができるか」 ということであった。
そこで、処刑場の入口付近にいた一人の下士官に、その理由を
尋ねた。
ところが、彼は、何のためらいもなく、 「城内で、戦場の
跡片付けをさせている中国人に、“腹のすいた者は手を上げよ”
と言って、手を上げた者を食事の場所に連れていくかのように
して、トラックに乗せているとのことです」と説明してくれた。
そこで、更に、「日本刀や銃剣で処刑しているのはなぜか」
と質間したところ、
「上官から、弾薬を 節約するために、そうするように
命じられているからです」 との答が返ってきた。
このような処刑が、南京占領から 二週間近くを経た後の
二十五日と二十七日に 手際よく行なわれていた。
もっとも二十六日と二十五日前と二十七日後に どのような
処刑が行なわれていたかは 分からなかったが(中略)
二日間のことから察して、それが戦場にありがちな一時的な、
興盲状態での対敵行動であるとは 私には思われなかった。
この日もまた、一連の処刑が、ある種の統制のとれた行動で
あるように感じた。
戦争中であっても、また、たとえ 敵国の人民だからといって
何をしても許される ということには、ならない。
ましてや、戦闘に巻き込まれたとか 敵対行為を働いたという
状況ではなく、戦闘終了後、占領から 2週間を経た時点で
無抵抗な人々を 言葉巧みに騙して 次々と命を奪った行為は
やはり、「大虐殺」 と言うほかに 適当な表現はないと思う。
そして 問題とすべきは、この蛮行が 上部の命令に従って
「統制のとれた行動」 として、遂行されていたことだ。
これは、一海軍将校の個人的見解に過ぎない という反論も
あるかも知れない。 しかし、もしも 仮に、一部の兵士が
一時的な激情に駆られて対敵行動に走った結果だ としても
その蛮行を制止できなかった 軍の管理監督責任が問われる。
偶発的に引き起こしたものではないことが、多くの 目撃談や
記録資料によって 明白となっている。
さらに、前述の 海軍将校の記録の続きを 引用しておこう。
十二月二十七日。この日は市内の西部を重点的に見回る予定
であった。 が、前々日の光景が あまりにも鮮明に記憶に
残っていたので念のために、まず再び下関に行くことにした。
下関の処刑場に近づくと、この日もまた、城内の方から、
中国人を乗せた 無蓋のトラックが、続々とやってきて、
倉庫地帯に消えていた。 再び、警戒中の哨兵にことわって、
門を入ったところ、前々日と同じような処刑が行なわれていた。
そこで、ある種の疑間が 生じた。
それは、 「多数の中国人を 大した混乱もなく、どうして、
ここまで連れてくることができるか」 ということであった。
そこで、処刑場の入口付近にいた一人の下士官に、その理由を
尋ねた。
ところが、彼は、何のためらいもなく、 「城内で、戦場の
跡片付けをさせている中国人に、“腹のすいた者は手を上げよ”
と言って、手を上げた者を食事の場所に連れていくかのように
して、トラックに乗せているとのことです」と説明してくれた。
そこで、更に、「日本刀や銃剣で処刑しているのはなぜか」
と質間したところ、
「上官から、弾薬を 節約するために、そうするように
命じられているからです」 との答が返ってきた。
このような処刑が、南京占領から 二週間近くを経た後の
二十五日と二十七日に 手際よく行なわれていた。
もっとも二十六日と二十五日前と二十七日後に どのような
処刑が行なわれていたかは 分からなかったが(中略)
二日間のことから察して、それが戦場にありがちな一時的な、
興盲状態での対敵行動であるとは 私には思われなかった。
この日もまた、一連の処刑が、ある種の統制のとれた行動で
あるように感じた。
戦争中であっても、また、たとえ 敵国の人民だからといって
何をしても許される ということには、ならない。
ましてや、戦闘に巻き込まれたとか 敵対行為を働いたという
状況ではなく、戦闘終了後、占領から 2週間を経た時点で
無抵抗な人々を 言葉巧みに騙して 次々と命を奪った行為は
やはり、「大虐殺」 と言うほかに 適当な表現はないと思う。
そして 問題とすべきは、この蛮行が 上部の命令に従って
「統制のとれた行動」 として、遂行されていたことだ。
これは、一海軍将校の個人的見解に過ぎない という反論も
あるかも知れない。 しかし、もしも 仮に、一部の兵士が
一時的な激情に駆られて対敵行動に走った結果だ としても
その蛮行を制止できなかった 軍の管理監督責任が問われる。
これは メッセージ 1181 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.