占領米軍の性犯罪2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/25 19:21 投稿番号: [1096 / 2250]
サピオ2007年4月11日号
64〜65pより
《 米軍の不法行為を明らかにする前に、敗戦後、日本政府が日本女性を米軍の
「性の暴力」 からいかに守るか、苦心惨憺 (くしんさんたん) した様子を少し述べてみたい。
日本政府が 「慰安所」 設置に直接関与したのは、
戦時中でなく占領下の米軍 (進駐軍) のためにだったのだ。
1945年8月21日の閣議で近衛文麿国務相が、米軍兵士用の慰安所の設置を主張し、
池田勇人主税局長の裁断で5000万円の貸し付けが決定し、1945年8月28日
「特殊慰安施設協会」 (後に、国際親善協会RAAと改称) が設立された。
その目的は、 「関東地区駐屯軍将校並びに一般兵士の慰安施設」 となっていた。
GHQは、1945年9月28日、都内の占領軍人用売春街を指令している。
しかしこれでも日本人婦女子の貞操が守れなかったのである。
実際は主権回復後まで膨大な数の女性が 「強姦」 されていた。
ファイルに記された調書をつぶさに見ていこう
(公開された文書は被害者の氏名などが黒塗りにされており、その部分は省略して記す)。
強姦事件は、米軍の進駐とほぼ同時に始まっている。
8月30日は横須賀に海兵隊が上陸した日だが、いきなり事件が発生している。
〈強姦事件
(一) 八月三十日午後六時頃横須賀市〇〇方女中、34 右一人ニテ留守居中、
突然米兵二名侵入シ来リ、一名見張リ、一名ハ二階四畳半ニテ〇〇ヲ強姦セリ。
手口ハ予 (あらかじ) メ検索ト称シ、家内ニ侵入シ、一度外ニ出テ再ビ入リ、
女一人ト確認シテ前記犯行セリ
(二) 八月三十日午後一時三十分頃 横須賀市〇〇方。米兵二名裏口ヨリ侵入シ、
留守居中ノ右同人妻当〇〇三十六年、長女〇〇当十七年ニ対シ、挙銃ヲ擬シ威嚇ノ上、
〇〇ハ二階ニテ、〇〇ハ勝手口小室ニ於テ、夫々 (それぞれ) 強姦セリ (以下略)〉
同9月1日、房総半島に米軍上陸。ここでも事件発生。
〈 〇〇方ニ侵入セル米兵三人:留守番中ノ妻 (二八)(中略) 奥座敷ニ連行、
脅迫ノ上、三人ニテ輪姦セリ 〉
〈 九月一月午後六時頃 トラックニ乗リタル米兵二名 (中略) 市内〇〇ニ来リ
女中一名 (24) 連レ去リ (中略) 野毛山公園内米兵宿舎内ニ於テ米兵二十七名ニ
輪姦サレ仮死状態二陥りタルモ (中略) 三日米兵ニヨリ自宅迄送り届ケラレタリ 〉
このような記載が 「特高」 解散の10月4日まで続く。
〈 九月十九日夜十一時頃、 (横浜市) 保土谷区、出征中〇〇妻 (27)、
(中略) :侵入シ 「ジャックナイフ」 デ情交ヲ迫り、
被害者之ヲ拒否シテ戸外ニ逃避セルヲ (中略) 畠 (畑) ニ連行、
三名ニテ輪姦シタル。更ニ通中ノ三名ノ黒人兵ガ同所ニ於テ輪姦逃走セリ 〉
調書を総覧すると、米兵の蛮行が眼前に浮かんでくる。
警察官はいたるところで暴力を振るわれ、拳銃を取り上げられている。
一般人は、 「乗用車」「ラジオ」「現金」「腕時計」「背広」 や 「ゲタ」
まで、手当たり次第に強奪されていた。
〈 九月二日午前十一時三十分頃武装米兵六名ハ トラックニテ 横浜市中區
山手町二一二番地 共立女学校内、校長神保勝也ニ侵入
各室ヲ物色シタル後 現金二千七百十圓 及ウオルサム腕時計一個ヲ強奪逃走セリ 〉
とこのような 「強奪逃走せり」 が続くのだ。
その中に、首を傾げたくなる記述がある。
それは、 「民家に米兵が押し入り、若い女性から腕時計だけ強奪して逃走せり」
との記述が散見することである。
貞操は取り返すことができずとも、せめて当時、貴重だった 「腕時計」 だけでも、
取り返したいとの思いから被害届を出していたのではと思われる。
先述した945件の強盗・略奪に強姦 (あるいは強姦未遂) も入っているのでは
ないかと考えるのはこのためである。》
つづく
《 米軍の不法行為を明らかにする前に、敗戦後、日本政府が日本女性を米軍の
「性の暴力」 からいかに守るか、苦心惨憺 (くしんさんたん) した様子を少し述べてみたい。
日本政府が 「慰安所」 設置に直接関与したのは、
戦時中でなく占領下の米軍 (進駐軍) のためにだったのだ。
1945年8月21日の閣議で近衛文麿国務相が、米軍兵士用の慰安所の設置を主張し、
池田勇人主税局長の裁断で5000万円の貸し付けが決定し、1945年8月28日
「特殊慰安施設協会」 (後に、国際親善協会RAAと改称) が設立された。
その目的は、 「関東地区駐屯軍将校並びに一般兵士の慰安施設」 となっていた。
GHQは、1945年9月28日、都内の占領軍人用売春街を指令している。
しかしこれでも日本人婦女子の貞操が守れなかったのである。
実際は主権回復後まで膨大な数の女性が 「強姦」 されていた。
ファイルに記された調書をつぶさに見ていこう
(公開された文書は被害者の氏名などが黒塗りにされており、その部分は省略して記す)。
強姦事件は、米軍の進駐とほぼ同時に始まっている。
8月30日は横須賀に海兵隊が上陸した日だが、いきなり事件が発生している。
〈強姦事件
(一) 八月三十日午後六時頃横須賀市〇〇方女中、34 右一人ニテ留守居中、
突然米兵二名侵入シ来リ、一名見張リ、一名ハ二階四畳半ニテ〇〇ヲ強姦セリ。
手口ハ予 (あらかじ) メ検索ト称シ、家内ニ侵入シ、一度外ニ出テ再ビ入リ、
女一人ト確認シテ前記犯行セリ
(二) 八月三十日午後一時三十分頃 横須賀市〇〇方。米兵二名裏口ヨリ侵入シ、
留守居中ノ右同人妻当〇〇三十六年、長女〇〇当十七年ニ対シ、挙銃ヲ擬シ威嚇ノ上、
〇〇ハ二階ニテ、〇〇ハ勝手口小室ニ於テ、夫々 (それぞれ) 強姦セリ (以下略)〉
同9月1日、房総半島に米軍上陸。ここでも事件発生。
〈 〇〇方ニ侵入セル米兵三人:留守番中ノ妻 (二八)(中略) 奥座敷ニ連行、
脅迫ノ上、三人ニテ輪姦セリ 〉
〈 九月一月午後六時頃 トラックニ乗リタル米兵二名 (中略) 市内〇〇ニ来リ
女中一名 (24) 連レ去リ (中略) 野毛山公園内米兵宿舎内ニ於テ米兵二十七名ニ
輪姦サレ仮死状態二陥りタルモ (中略) 三日米兵ニヨリ自宅迄送り届ケラレタリ 〉
このような記載が 「特高」 解散の10月4日まで続く。
〈 九月十九日夜十一時頃、 (横浜市) 保土谷区、出征中〇〇妻 (27)、
(中略) :侵入シ 「ジャックナイフ」 デ情交ヲ迫り、
被害者之ヲ拒否シテ戸外ニ逃避セルヲ (中略) 畠 (畑) ニ連行、
三名ニテ輪姦シタル。更ニ通中ノ三名ノ黒人兵ガ同所ニ於テ輪姦逃走セリ 〉
調書を総覧すると、米兵の蛮行が眼前に浮かんでくる。
警察官はいたるところで暴力を振るわれ、拳銃を取り上げられている。
一般人は、 「乗用車」「ラジオ」「現金」「腕時計」「背広」 や 「ゲタ」
まで、手当たり次第に強奪されていた。
〈 九月二日午前十一時三十分頃武装米兵六名ハ トラックニテ 横浜市中區
山手町二一二番地 共立女学校内、校長神保勝也ニ侵入
各室ヲ物色シタル後 現金二千七百十圓 及ウオルサム腕時計一個ヲ強奪逃走セリ 〉
とこのような 「強奪逃走せり」 が続くのだ。
その中に、首を傾げたくなる記述がある。
それは、 「民家に米兵が押し入り、若い女性から腕時計だけ強奪して逃走せり」
との記述が散見することである。
貞操は取り返すことができずとも、せめて当時、貴重だった 「腕時計」 だけでも、
取り返したいとの思いから被害届を出していたのではと思われる。
先述した945件の強盗・略奪に強姦 (あるいは強姦未遂) も入っているのでは
ないかと考えるのはこのためである。》
つづく
これは メッセージ 1095 (kireigotowadame さん)への返信です.