Re: 検証して見て下さい(4)
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/24 19:03 投稿番号: [1066 / 2250]
>1933年に
陸軍歩兵学校が配布した
参考書「対支那軍戦闘法ノ研究」の
「捕虜ノ処置」
の項目には、次のように
書かれていた。
「捕虜ハ
他列国人ニ対スル如ク必ズシモ之レヲ後送監禁シテ
戦局ヲ待ツヲ要セズ」
「兵員ハ浮浪者多ク其存在ヲ確認セラ
レアルモノ少キヲ以テ
仮ニ之レヲ殺害又ハ他ノ地方ニ放ツモ
世間的ニ問題トナルコト無シ」
中国兵捕虜は殺しても世間的に問題にならない、と教育された
日本軍将兵に、中国人蔑視の思想が根付いたのは
当然だった。
陸軍次官
通牒「交戦法規ノ適用ニ関スル件」
は、以下のように示した。
「現下ノ情勢ニ於テ帝国ハ対支全面戦争ヲ為シアラザルヲ以テ
『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約其ノ他交戦法規ニ関スル諸条約』
ノ具体的事項ヲ悉ク適用シテ行動スルコトハ適当ナラズ」
(1937年8月5日付
陸軍次官通牒陸支密第198号)<
ほーほー、
通州で日本人居留民約200人を虐殺した保安隊員を、北京で捕まえたんだけど、
「暴に酬いるに暴をもってしてはならない」
と全員釈放したよ。
これって
「中国兵捕虜は殺しても世間的に問題にならない、と教育された」
成果は全然出てないね。
また、上海には、捕虜収容所もあったよ。
塚本誠著
『ある情報将校の記録』
204p
《 浦東 (プートン) 方面からの砲撃も激しく、一迫撃砲弾は目の前の
俘虜収容所になっている寺に命中したが軽傷者二名ですんだ。( 8月18日の話 )》
北博昭著
『日中開戦』
66〜67p
《 昭和十二年九月末ごろに陸軍は上海の楊樹浦の眉州に俘虜の収容所を設けて
中国軍の士官一名、准士官二名、下士官二名、兵一八名を収容中、
国際赤十字社のドワットヴィユへ報告されてはいる》
塚本誠著
『ある情報将校の記録』
203p
《 楊樹浦
(ヤンジッポ)
地区には電気・瓦斯会社等が多く、これに各国の権益が
いり混っていた。この地帯に対し中国軍は砲、爆撃を加えてくるのであった。
私はまずわが警備地域に残留している中国人を蘇州河以南へ移すことに努力する。
それは残留中国人が日本人からスパイや便衣隊に疑われて迫害をうけた例が
第一次上海事変当時に多かったからである。
現に戦闘開始後憲兵隊には陸戦隊から毎日二十名近くの中国人が疑いをかけられて
送り込まれる。すぐ放置するわけにもいかぬから、それを一応調べた上で
工部局警察に引き渡す。無辜の民を捕えておくことはできない。》
これは メッセージ 1045 (kabu_kachan7 さん)への返信です.
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