入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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南京大虐殺事件に関する外交官の証言

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/11/23 21:09 投稿番号: [1059 / 2250]
南京虐殺事件の当時、日本軍が   外交官を敵視し、軍の残虐行為に
抗議した外交官が、身の危険を感じたほどだったと報告した事実を
以前にも   述べた。
このことは、南京虐殺事件に   少しでも   興味を持ち、その真偽を
検証しようとする人間ならば、当然ながら   既に知っていることだ。

ところが、どうやら   その事実さえも知らずに   論じている者も
いるようなので、あらためて   説明しておく必要が   ありそうだ。
南京虐殺に関しては、これまで   おもに軍の記録や兵士の証言を
客観的資料を   提示してきたが、当時の   外交官による   証言も
参考として   引用してみたい   と思う。

外交官の名は、石射猪太郎という。  
彼は、近衛内閣の   外務省東亜局長として、
軍部の日中戦争拡大方針に反対したことで知られている。
彼は、南京事件に関して   次の記述を残している。

   南京は暮れの13日に陥落した。わが軍のあとを追って南京に
   帰復した福井領事からの電信報告、続いて   上海総領事からの
   書面報告がわれわれを慨嘆させた。南京入城の日本軍の
   中国人に対する掠奪、強姦、放火、虐殺の情報である。
   憲兵はいても少数で、取締りの用をなさない。制止を試みたが
   ために、福井領事の身辺が危いとさえ報ぜられた。
 
   一九三八(昭和13)年一月六日の日記にいう。
   上海から来信、南京におけるわが軍の暴状を詳報し来る。
   掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。
   嗚呼これが皇軍か。
   日本国民民心の頽廃であろう。大きな社会問題だ。
   南京、上海からの報告の中で、最も目立った暴虐の

   首魁の一人は、元弁首魁の一人は、元弁護士の某応召中尉
   であった。   部下を使って宿営所に女を拉し来っては
   暴行を加え、悪鬼のごとくふるまった。
   何か言えばすぐ銃剣をがちゃつかせるので、危険で
   近よれないらしかった。

   私は   三省事務局長会議で   たびたび陸軍側に警告し、
   広田大臣からも   陸軍大臣に軍紀の粛正を要望した。
   軍中央部は   無論現地軍を   戒めたに相違なかったが、
   あまりに大量の暴行なので手のつけようもなかったのであろう、
   暴行者が、処分されたという話を耳にしなかった。

   当時   南京在留の外国人達の組織した国際安全委員会
   なるものから日本側に提出された報告書には、
   昭和13年1月末、数日間の出来事として、七十余件の
   暴虐行為が詳細に記録されていた。
   最も多いのは強姦、六十余歳の老婆が犯され、臨月の女も
   容赦されなかったという記述は、ほとんど読むに耐えない
   ものであった。
   その頃、参謀本部第二部長本間少将が、軍紀粛正のため
   現地に派遣されたと伝えられ、それが巧を奏したのか、
   暴虐事件はやがて下火になっていった。

   これが聖戦と呼ばれ、皇軍と呼ばれるものの姿であった。
   私は   その当時からこの事件を   南京アトロシティーズと
   呼びならわしていた。
   暴虐という漢字よりも   適切な語感が   出るからである。

   日本の新聞は、記事差し止めのために、この同胞の鬼畜の
   行為に沈黙を守ったが、悪事は直ちに千里を走って海外に
   大センセーションを引き起こし、あらゆる非難が日本軍に
   向けられた。
   わが民族史上、千古の汚点、知らぬは日本国民ばかり、
   大衆は   いわゆる赫々たる戦果を礼賛するのみであった。
   (「外交官の一生」   中公文庫版   P332〜P333)
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