入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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Re: 検証して見て下さい(1)の1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/23 15:25 投稿番号: [1050 / 2250]
疲れていたので、やるまいかと思っていたのですが、一応やっときましょう。


《 1937年12月1日、・・・「敵国首都南京ヲ   攻略スベシ」
という大陸命を   くだした。・・・国際社会からの   大儀なき武力侵略に対する
批判を恐れ、あくまでも「事変」   の鎮圧として、片付けようとしていたからだ。》


こういうのは、物事の断片を切り取ってつなぎ合わせたものです。

私の書いた物を盧溝橋事件からずっと読めばそうではない事は一目瞭然です。



盧溝橋事件は中国側がしかけたのであって、日本ではありません。

日本は停戦を持ちかけましたが、中国側は逃げて応じず、やっと4日後に調印しました。


しかし、南京政府は認めず、戦争しろと命令しました。

その後、なんども停戦協定破りの攻撃が続いたのです。

それで、7月28日、隠忍自重していた日本軍が反撃すると、

通州で日本人居留民が虐殺されました。

それにも関わらず、日本は、大幅に譲歩した和平案をもって上海に会談を設定したのです。

ところが、中国は、大山中尉を虐殺して、この和平会談を潰しました。



その前に中国は8月6日に、第一回国防会議を開き、三つの防御ラインと

長期戦を原則とする対日戦略を決定しました。

そして、上海のまわりに保安隊を配置し包囲網の圧縮をやっていたのです。

これに大山中尉は遭遇して虐殺されたわけです。

中国は、8月12日に正規軍を上海の周りに入れ、かつ、揚子江や黄浦江に船を沈め、

攻撃態勢に入り、13日から租界の日本人地区を攻撃しました。



13日になって初めて、日本は、上海への陸軍派遣を決めたのです。

そして、苦心の末、上海を解放し、また和平案を出しましたが、

中国はこれをけりました。

そして、国連に日本が侵略していると嘘の訴えを出したのです。

自分から、戦争を仕掛けておきながら。



日本は、最初南京まで行く予定はありませんでしたから、

戦争範囲を蘇州までと決めていました。


第10軍が南京まで行きたいと言っていましたが、参謀本部は止めていました。

日本軍が蘇州を陥落させると、蒋介石は、

「敵が南京に至れば我々は南京を防衛する。敵が四川を攻撃すれば我々は四川を防衛する。

敵の侵略が続く限り我々は永久に戦い続けるであろう」   と言ったのです。

「ここまでおいで、アッカンベー」   みたいに、

これで、参謀本部が、「南京に行くな」   と言う口実がなくなりました。

一生懸命、抑えていたけど、口実がなくなって、結局許可せざるをえなくなったのです。



この流れを見て解るように、どこが侵略ですか?

中国が戦争仕掛けているだけでしょう。

日本はやむを得ず応戦したけど、必ず和平を持ちかけているのです。

それを踏みにじって戦争を続けているのが中国です。



元々、戦争する気がなかったら、事変と言っていただけです。

ついでに言えば、公然と戦争と言ったら、米国が輸出を停止するので、

困るから、宣言しなかったという理由もありますが。

それを逆手にとって、捻じ曲げているのです、連中は。
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