日露戦争の世界史的意義
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/03/02 02:04 投稿番号: [8115 / 8458]
日露戦争において、有色人種の一小国が白色人種の強国ロシアを打ち破ったことは、まさに13世紀の蒙古帝国以来絶えて久しいことであった。アジアの感激は大きく、シルクロードの宿場の多くには、明治天皇の御真影と東郷元帥の写真が飾られたほどで、インドのネールは、「青年時代最大の感激は、日露戦争で日本が勝利したことである」と記している。有色人種の志気を鼓舞し、民族意識を高めたことは論を待たない。
日本は、戦前の国際連盟で何度も《人種差別撤廃》を訴えていたのだよ。
人種的差別撤廃提案(じんしゅてきさべつてっぱいていあん)とは、第一次世界大戦後のパリ講和会議において、大日本帝国が提案した議題の1つ。大多数の賛成を得るがアメリカ合衆国や大英帝国などの反対で否決され、実現しなかった。
第一次世界大戦後の大正9(1920)年1月、スイスのジュネーブを本部に発足した「国際連盟」(League of Nations)の事です。この国際連盟 ── 当時の「国連」において、日本は常任理事国だったのですが、その日本が連盟設立に際して、ある一つの重要な提案をしていた事は、余り知られていません。そして、その「提案」の行方が、後に、日本と世界の歴史に重大な影響を及ぼしたのです。と言う訳で、今回は、日本が発議した「提案」と、その行方について書いてみたいと思います。
大正8(1919)年2月13日、第一次世界大戦の戦後処理を行う為に開催されたパリ講和会議の際、米国大統領・ウィルソンの首唱による「国際連盟」設立の為に同時開催されていた国際連盟規約委員会の席上、日本は既に固まっていた14ヶ条に加えて、「第15条」として、
人種あるいは国籍如何(いかん)により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約す
と言う条項、所謂「人種差別撤廃条項」を盛り込もうとしました。しかし、欧米列強社会に蔓延(はびこ)る根強い人種差別意識を目の当たりにした日本は、より採択可能な修正案として、「人種」の文言を削除した
国家平等の原則と国民の公正な処遇を約す
を提案し、評決にかけられたのです。(「国民の公正な処遇」によって、人種差別撤廃を実現しようとした) 同案は、16票中11票の賛成多数だったにも関わらず、議長であったウィルソン・米国大統領が突如として、「重要案件は全会一致でなければならない」等として勝手にルールを変更し、不採択を宣言、日本提案の「人種差別撤廃条項」は「幻の第15条」として葬り去られてしまったのです。しかし、この評決については、さすがに同じ欧米列強の一員であったフランス全権団からも、
それ迄2回の票決では、全会一致の規則が適用されていなかったにも関わらず、今回に限って全会一致の規則を適用する事には納得出来ない
との抗議がなされた程でしたが、これに対して、ウィルソン・米国大統領は、
我々の一部にとっては余りにも障害があるので、規約にそれ(人種差別撤廃条項)を挿入する事は出来無い
と嘯(うそぶ)いた挙げ句、議長役を放り投げてとっとと帰国、自らが提唱した「国際連盟」にも米国は参加せず、「米国不参加の「国際連盟」のお手並みを拝見」と言った態度を取ったのです。ちなみに、米国が自認する「民主主義」(デモクラシー)とは、「多数意見の尊重」が基本の筈です。それを、採択に際して、突如、「全会一致」の論理を持ち出した米国の論理。ここに図らずも、欧米列強の「本音」(論理)が垣間見られた訳です。
日本は、戦前の国際連盟で何度も《人種差別撤廃》を訴えていたのだよ。
人種的差別撤廃提案(じんしゅてきさべつてっぱいていあん)とは、第一次世界大戦後のパリ講和会議において、大日本帝国が提案した議題の1つ。大多数の賛成を得るがアメリカ合衆国や大英帝国などの反対で否決され、実現しなかった。
第一次世界大戦後の大正9(1920)年1月、スイスのジュネーブを本部に発足した「国際連盟」(League of Nations)の事です。この国際連盟 ── 当時の「国連」において、日本は常任理事国だったのですが、その日本が連盟設立に際して、ある一つの重要な提案をしていた事は、余り知られていません。そして、その「提案」の行方が、後に、日本と世界の歴史に重大な影響を及ぼしたのです。と言う訳で、今回は、日本が発議した「提案」と、その行方について書いてみたいと思います。
大正8(1919)年2月13日、第一次世界大戦の戦後処理を行う為に開催されたパリ講和会議の際、米国大統領・ウィルソンの首唱による「国際連盟」設立の為に同時開催されていた国際連盟規約委員会の席上、日本は既に固まっていた14ヶ条に加えて、「第15条」として、
人種あるいは国籍如何(いかん)により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約す
と言う条項、所謂「人種差別撤廃条項」を盛り込もうとしました。しかし、欧米列強社会に蔓延(はびこ)る根強い人種差別意識を目の当たりにした日本は、より採択可能な修正案として、「人種」の文言を削除した
国家平等の原則と国民の公正な処遇を約す
を提案し、評決にかけられたのです。(「国民の公正な処遇」によって、人種差別撤廃を実現しようとした) 同案は、16票中11票の賛成多数だったにも関わらず、議長であったウィルソン・米国大統領が突如として、「重要案件は全会一致でなければならない」等として勝手にルールを変更し、不採択を宣言、日本提案の「人種差別撤廃条項」は「幻の第15条」として葬り去られてしまったのです。しかし、この評決については、さすがに同じ欧米列強の一員であったフランス全権団からも、
それ迄2回の票決では、全会一致の規則が適用されていなかったにも関わらず、今回に限って全会一致の規則を適用する事には納得出来ない
との抗議がなされた程でしたが、これに対して、ウィルソン・米国大統領は、
我々の一部にとっては余りにも障害があるので、規約にそれ(人種差別撤廃条項)を挿入する事は出来無い
と嘯(うそぶ)いた挙げ句、議長役を放り投げてとっとと帰国、自らが提唱した「国際連盟」にも米国は参加せず、「米国不参加の「国際連盟」のお手並みを拝見」と言った態度を取ったのです。ちなみに、米国が自認する「民主主義」(デモクラシー)とは、「多数意見の尊重」が基本の筈です。それを、採択に際して、突如、「全会一致」の論理を持ち出した米国の論理。ここに図らずも、欧米列強の「本音」(論理)が垣間見られた訳です。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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