アメリカによる日本人虐殺・原爆の被害
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/02/26 17:43 投稿番号: [8101 / 8458]
デルタ地帯(三角州)の広島は、爆風や熱線を遮る山などがあまりないため、建物が全焼し倒れたところが広い範囲にわたっています。 浦上谷という谷間に原子爆弾が投下された長崎は、被害が谷部分である北半分に集中しました。広島よりは狭い範囲だったにもかかわらず、爆弾の威力は約2倍だったと言います。
広島はほぼ平坦なデルタ地帯(三角州)の真中に原子爆弾が投下されました。爆風や熱線を遮る物があまりなかったため、爆心地から離れていても外傷を受ける確率は高かったようです。爆心地から1キロメートル熱傷(やけど)をおった人々は一週間以内に死亡したのです。 長崎は三方を小高い丘陵地に囲まれた細長い市街地のほぼ北部に原子爆弾が投下されました。谷間に投下されたため、爆心地から離れるほど外傷を受ける確率は低かったようです。しかし、熱傷(やけど)は広島とは違って爆心地から離れても10%程受ける確率があったようです。
黒い雨
黒い雨は広島だけに降ったもので、被爆後の調査で、爆心地から11〜19キロメートルの範囲で大雨が、15〜29キロメートルの範囲で小雨が降ったと分かりました。この「黒い雨」は、原子爆弾の爆発20〜30分後頃から広島市の北西部に降り始めました。雨の間は夏にも関わらず急に気温が低下して裸や薄着で逃げ回っていた人々は寒くてふるえました。しかも、降り始めの1〜2時間は爆発の時の泥やほこり、すすなどを含んだ黒い大粒の雨で、しかも強い放射線が含まれていて、池や川の魚がたくさん死んで浮き上がったと言います。雨の降った地域で水を飲んだ人の多くは下痢になったりその後雨に含まれていた放射能のため体調を崩したりしました。
後遺症
後遺症の一つにガンがあります。1960年頃から、甲状腺癌・乳ガン・肺ガンなどの発生率の増加が疑われるようになってきました。現在は放射線がガンの発生に重要な関係があると認められる報告もされています。放射線との関係が認められているガンの中でも、乳ガン・肺ガンのように被爆20年後(1965年)に増加が始まったものや、胃ガン・骨髄ガンのように被爆30年後(1975年)に増加したものもあります。『被爆したときの年齢が若いほど、ガンになりやすいとされています。』
白血病は後遺症の一つで、後遺症の中ではもっとも早い被爆5年後(1950年)に発生率が高くなり始めました。『白血病とは血液を作り出す役目をしている骨髄が、何らかの原因で白血球を無限に作り続けてしまう病気です。』白血球が増殖し続けると、正常な機能を失ってしまい、病原菌が入ってきても抵抗しにくくなくなります。広島や長崎は近い距離で被爆した若い人たちが多くかかり、放射線による血液の後遺症と考えられるようになりました。被爆から5年後の1950年に発病する人が多く、原爆による後遺症の代表として人々に不安を与えました。
後遺症は他にも、ケロイド・体内被爆・原爆白内障があります。
放射能
原子爆弾最大の被害は放射線による放射能障害です。放射能は人の体の奥深くまで入り込んで細胞を破壊したり、血液を変質させます。それとともに骨髄などの血を作る機能を破壊して、内臓を侵すなどの大変重度な障害を起こす原因となりました。『放射線を遮る物のない屋外で被爆した場合、爆心地(島病院)から1キロメートル以内にいた人々は放射能による高度の障害をうけ、1〜2キロメートル以内にいた人々は中度の障害をうけ、2〜4キロメートル以内にいた人々は軽い障害をうけました。』うえの表を見るとたとえ屋内でも木造だと放射能によって後に10〜50%の確率で障害が起こるということがわかります。放射能による障害は、爆発して1分以内に出された爆発とともに出た放射能(初期放射能)によるものと、黒い雨や灰などに含まれ、呼吸などにより人体に入った放射能(残留放射能)による物の2種類に分けられます。初期放射能の影響で、爆心地から焼き1キロメートル以内にいた人々は重度の影響を受けて、多くの人は数日たつと死亡しました。また、けがをまったくしていなくても被爆後何年か経過して発病し、死亡することもありました。残留放射能によっても、初期放射能と同じようになったり、被爆後広島に入ってきた人々の中に直接被爆した人と同じようになる人も現れたのです。
広島はほぼ平坦なデルタ地帯(三角州)の真中に原子爆弾が投下されました。爆風や熱線を遮る物があまりなかったため、爆心地から離れていても外傷を受ける確率は高かったようです。爆心地から1キロメートル熱傷(やけど)をおった人々は一週間以内に死亡したのです。 長崎は三方を小高い丘陵地に囲まれた細長い市街地のほぼ北部に原子爆弾が投下されました。谷間に投下されたため、爆心地から離れるほど外傷を受ける確率は低かったようです。しかし、熱傷(やけど)は広島とは違って爆心地から離れても10%程受ける確率があったようです。
黒い雨
黒い雨は広島だけに降ったもので、被爆後の調査で、爆心地から11〜19キロメートルの範囲で大雨が、15〜29キロメートルの範囲で小雨が降ったと分かりました。この「黒い雨」は、原子爆弾の爆発20〜30分後頃から広島市の北西部に降り始めました。雨の間は夏にも関わらず急に気温が低下して裸や薄着で逃げ回っていた人々は寒くてふるえました。しかも、降り始めの1〜2時間は爆発の時の泥やほこり、すすなどを含んだ黒い大粒の雨で、しかも強い放射線が含まれていて、池や川の魚がたくさん死んで浮き上がったと言います。雨の降った地域で水を飲んだ人の多くは下痢になったりその後雨に含まれていた放射能のため体調を崩したりしました。
後遺症
後遺症の一つにガンがあります。1960年頃から、甲状腺癌・乳ガン・肺ガンなどの発生率の増加が疑われるようになってきました。現在は放射線がガンの発生に重要な関係があると認められる報告もされています。放射線との関係が認められているガンの中でも、乳ガン・肺ガンのように被爆20年後(1965年)に増加が始まったものや、胃ガン・骨髄ガンのように被爆30年後(1975年)に増加したものもあります。『被爆したときの年齢が若いほど、ガンになりやすいとされています。』
白血病は後遺症の一つで、後遺症の中ではもっとも早い被爆5年後(1950年)に発生率が高くなり始めました。『白血病とは血液を作り出す役目をしている骨髄が、何らかの原因で白血球を無限に作り続けてしまう病気です。』白血球が増殖し続けると、正常な機能を失ってしまい、病原菌が入ってきても抵抗しにくくなくなります。広島や長崎は近い距離で被爆した若い人たちが多くかかり、放射線による血液の後遺症と考えられるようになりました。被爆から5年後の1950年に発病する人が多く、原爆による後遺症の代表として人々に不安を与えました。
後遺症は他にも、ケロイド・体内被爆・原爆白内障があります。
放射能
原子爆弾最大の被害は放射線による放射能障害です。放射能は人の体の奥深くまで入り込んで細胞を破壊したり、血液を変質させます。それとともに骨髄などの血を作る機能を破壊して、内臓を侵すなどの大変重度な障害を起こす原因となりました。『放射線を遮る物のない屋外で被爆した場合、爆心地(島病院)から1キロメートル以内にいた人々は放射能による高度の障害をうけ、1〜2キロメートル以内にいた人々は中度の障害をうけ、2〜4キロメートル以内にいた人々は軽い障害をうけました。』うえの表を見るとたとえ屋内でも木造だと放射能によって後に10〜50%の確率で障害が起こるということがわかります。放射能による障害は、爆発して1分以内に出された爆発とともに出た放射能(初期放射能)によるものと、黒い雨や灰などに含まれ、呼吸などにより人体に入った放射能(残留放射能)による物の2種類に分けられます。初期放射能の影響で、爆心地から焼き1キロメートル以内にいた人々は重度の影響を受けて、多くの人は数日たつと死亡しました。また、けがをまったくしていなくても被爆後何年か経過して発病し、死亡することもありました。残留放射能によっても、初期放射能と同じようになったり、被爆後広島に入ってきた人々の中に直接被爆した人と同じようになる人も現れたのです。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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