blonger5 よく読んどけ
投稿者: maeenntotyau 投稿日時: 2009/10/06 06:48 投稿番号: [60288 / 63339]
十字軍遠征
1096年から1291年まで、法王の推奨によりパレスティナの「聖地」への十字軍遠征が七回にわたり行われました。この法王達のパレスティナの「聖地」支配欲により、2千2百万人が犠牲者になったと推測されています(Hans Wollschläger "Die bewaffneten Wallfahrten nach Jerusalem") 。
1099年イェルサレムの征服後、この敬謙な十字軍の騎士達は血に酔って女性や子供を含むユダヤ人とアラブ人の市民すべてを、剣で刺し殺しました。約七万人の市民が犠牲になりました。目撃者の記録によると、虐殺の後、血まみれになった騎士達は、幸せの涙を流しながら彼らの救世主イエス・キリストの墓参りをし、神に感謝しました。("Die Kreuzzüge in Augenzeugenberichten", dtv-Taschenbuch, 1971, 頁101).
とにかく、自称「聖戦」に加わった戦士は評判通りの立派な人ではなく、低俗な殺人犯でした。
アメリカの宣教者ビリー・グラハム、日本の東京ドームにての集会の際、日本のキリスト教信者に対し「十字軍の騎士を見習い、日本の社会をキリスト教社会に変身せよ」と訴えました。幸運にも、日本のキリスト教信者は、彼の教えに従って十字軍の騎士の様な犯罪者になる様なことはありませんでした。
ユダヤ人迫害と虐殺
古代ローマの初期キリスト教信者は反ユダヤ的でした。ユダヤ教はローマ帝国内でのライバル伝道宗教で、同時にユダヤ人はローマのイェルサレム植民地の反乱問題ゆえにローマ人から嫌われていました。キリスト教信者達はローマ人に対し熱心に「私達もユダヤ人が嫌いだ」といってローマ人に取り入りましたが、キリスト教は実際ユダヤ教とよく似ていました。旧約聖書はユダヤ教から盗んだもので、キリスト教はユダヤ教の十戒も自分の物にしました。例えば、ユダヤ教の「わたしはあなたの神、主である。あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならい」という不寛容な教えをも自分のものにし、そしてそれを逆にイエスを崇拝しないユダヤ人に向けました。キリスト教のマタイ伝によれば七つの願いであり、ルカ伝によれば五つの願いの祈祷である「主の祈り(the Lord’sPrayer)」もユダヤの18の願いのシェモネエスレ(shemone esre)という祈祷に由来しています。昔のキリスト教信者はユダヤ人と同じく毎日三回この祈りを唱えました。でも、キリスト教信者に言わせればその祈りは「ユダヤ人の偽善者とは異なって」いたということです。また、「ユダヤ人の偽善者と違って」土曜日ではなく日曜日を休日にしました。
キリスト教の祭日、復活祭や聖霊降臨日等もユダヤの祭日に由来します。ユダヤの天と地に群がる天使の軍隊も、そのままにキリスト教の天使となり、キリスト教信者と一緒にキリスト教の伝道の為に戦うようになりました。実は、これらの天使は多神教時代の名残です。
ユダヤ教の「イスラエル民族は神から選ばれた民族である」という説も、そのままキリスト教化しました。しかし、神が二つの選民をもつことは不可能ですから、それは両者の葛藤やキリスト教の反ユダヤ主義を生みました。キリスト教の教えでは、ユダヤ人はキリストという救い主を信じないため神に離反し、それゆえ紀元前のユダヤ人はすごくいい人でしたが、紀元後のユダヤ人は悪魔その者です。現在もなおキリスト教教会と大勢の信者がこの単純な考え方を絶対真実だと考えています。
初期キリスト教の聖人から現在の原理主義者まで、「ユダヤ人はキリストを殺し、異教のローマ兵士が十字架の下でキリストを受け入れたにもかかわらず、ユダヤ人はキリストを嘲り、ユダヤ人は昔キリストを暗殺したように、今もキリスト教の信者を殺そうとしている」と説教します。
もうコンスタンチヌス大帝の息子は、ユダヤ人男性とキリスト教女性の結婚に死刑を宣告しました。さらに、404年以降ユダヤ人が兵士や公務員になることも禁じら、この禁令は啓蒙時代まで続きました。また、20世紀のヒトラーのドイツ、ファシストのイタリア、カトリックの聖職ファシストのクロアチアやスペインでは再びこの禁令が法律化されました。
1096年から1291年まで、法王の推奨によりパレスティナの「聖地」への十字軍遠征が七回にわたり行われました。この法王達のパレスティナの「聖地」支配欲により、2千2百万人が犠牲者になったと推測されています(Hans Wollschläger "Die bewaffneten Wallfahrten nach Jerusalem") 。
1099年イェルサレムの征服後、この敬謙な十字軍の騎士達は血に酔って女性や子供を含むユダヤ人とアラブ人の市民すべてを、剣で刺し殺しました。約七万人の市民が犠牲になりました。目撃者の記録によると、虐殺の後、血まみれになった騎士達は、幸せの涙を流しながら彼らの救世主イエス・キリストの墓参りをし、神に感謝しました。("Die Kreuzzüge in Augenzeugenberichten", dtv-Taschenbuch, 1971, 頁101).
とにかく、自称「聖戦」に加わった戦士は評判通りの立派な人ではなく、低俗な殺人犯でした。
アメリカの宣教者ビリー・グラハム、日本の東京ドームにての集会の際、日本のキリスト教信者に対し「十字軍の騎士を見習い、日本の社会をキリスト教社会に変身せよ」と訴えました。幸運にも、日本のキリスト教信者は、彼の教えに従って十字軍の騎士の様な犯罪者になる様なことはありませんでした。
ユダヤ人迫害と虐殺
古代ローマの初期キリスト教信者は反ユダヤ的でした。ユダヤ教はローマ帝国内でのライバル伝道宗教で、同時にユダヤ人はローマのイェルサレム植民地の反乱問題ゆえにローマ人から嫌われていました。キリスト教信者達はローマ人に対し熱心に「私達もユダヤ人が嫌いだ」といってローマ人に取り入りましたが、キリスト教は実際ユダヤ教とよく似ていました。旧約聖書はユダヤ教から盗んだもので、キリスト教はユダヤ教の十戒も自分の物にしました。例えば、ユダヤ教の「わたしはあなたの神、主である。あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならい」という不寛容な教えをも自分のものにし、そしてそれを逆にイエスを崇拝しないユダヤ人に向けました。キリスト教のマタイ伝によれば七つの願いであり、ルカ伝によれば五つの願いの祈祷である「主の祈り(the Lord’sPrayer)」もユダヤの18の願いのシェモネエスレ(shemone esre)という祈祷に由来しています。昔のキリスト教信者はユダヤ人と同じく毎日三回この祈りを唱えました。でも、キリスト教信者に言わせればその祈りは「ユダヤ人の偽善者とは異なって」いたということです。また、「ユダヤ人の偽善者と違って」土曜日ではなく日曜日を休日にしました。
キリスト教の祭日、復活祭や聖霊降臨日等もユダヤの祭日に由来します。ユダヤの天と地に群がる天使の軍隊も、そのままにキリスト教の天使となり、キリスト教信者と一緒にキリスト教の伝道の為に戦うようになりました。実は、これらの天使は多神教時代の名残です。
ユダヤ教の「イスラエル民族は神から選ばれた民族である」という説も、そのままキリスト教化しました。しかし、神が二つの選民をもつことは不可能ですから、それは両者の葛藤やキリスト教の反ユダヤ主義を生みました。キリスト教の教えでは、ユダヤ人はキリストという救い主を信じないため神に離反し、それゆえ紀元前のユダヤ人はすごくいい人でしたが、紀元後のユダヤ人は悪魔その者です。現在もなおキリスト教教会と大勢の信者がこの単純な考え方を絶対真実だと考えています。
初期キリスト教の聖人から現在の原理主義者まで、「ユダヤ人はキリストを殺し、異教のローマ兵士が十字架の下でキリストを受け入れたにもかかわらず、ユダヤ人はキリストを嘲り、ユダヤ人は昔キリストを暗殺したように、今もキリスト教の信者を殺そうとしている」と説教します。
もうコンスタンチヌス大帝の息子は、ユダヤ人男性とキリスト教女性の結婚に死刑を宣告しました。さらに、404年以降ユダヤ人が兵士や公務員になることも禁じら、この禁令は啓蒙時代まで続きました。また、20世紀のヒトラーのドイツ、ファシストのイタリア、カトリックの聖職ファシストのクロアチアやスペインでは再びこの禁令が法律化されました。
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