Re: ●よし、これで1つ目の 横3
投稿者: sanba_2_sanba 投稿日時: 2008/06/24 17:37 投稿番号: [33076 / 63339]
>今日はえらく静かですね。
●今日は医学の知識に詳しい論客が複数おみえです。そのためかな?と想像しております。
>>結局は人間の思い上がり。見る人の感覚によっては、イルカよりもイカが可愛く見えるかもしれません。反捕鯨は突き詰めれば感情論なのでは?
>どちらがかわいいか、というのは基本的に主観的なものだと思います。〜生物学的・心理学的な議論になるとは思うのですが。〜「何がかわいく見えるか」は恐らく生物学的な基盤すらあって、文化や経験によって変りはするけれど、共通性もあるものだろうとは思います。
それはそうなのですが、「かわいいから殺さない」が必ず一般性をもつかと言えば、そうでもない。
「そうだよなあ、こんなかわいいのはどんな理由があっても殺したくないよなあ」と皆が思った時か、あるいは「こんなかわいいものを殺すな」という声が多数派となり、その圧力によってやめさせた場合でしょう。
感情論から一般的な常識が形成されてもそれは構わない。しかし、「いや、かわいいと言えばかわいいけど、食料でもあるじゃん」という時、「自分たちはかわいいと思うから殺すな」と言えるか。言うのはもちろん自由ですが、「殺さないのが常識」「殺すやつは野蛮」「高等な人間はそういう事はしない」まで言い出すと、そりゃ反感を買うでしょう。
●「鯨は私は可愛いと思う」「イルカはこんな賢く見える面がある」「鯨はできれば殺さない方がいいと思う」・・・・・そういう根拠となる資料を提示し、理解者を増やそうというならまだ分かります。反対の立場の人間を、「鯨以下」で見下すから反感を買い、誰も見向きもしない。逆効果の時間の無駄遣いになっているのだと思います。
>〜結局、自分の常識とする事をどこまで相手に要求できるか、あるいは自分の信じるより良い世界を実現するためにどのような言い方ややり方をすべきか、そこが問題なんじゃないですかね。
その意味では「捕鯨する奴は野蛮人」「我々は殺さないから高尚」といった言い方は、「身内」に対するアピールになりこそすれ、捕鯨をやめさせる方法にはなり得ないと思います。
●反捕鯨の人たちは訴え方が下手なんだと思います。上手に訴えても、信念を持つ捕鯨推進派は考えを変えません。しかし可能性のある「中立の人」もみんな捕鯨推進派になっていきますね。
>もう一点。科学とはツールです。「**ならば捕鯨をすべきではない」という倫理に基づき、「**かどうか」を知るのが科学ですね。「すべきか、すべきでないか」を決定するのは少なくとも水産学ではない(だって「絶滅しても構わないから捕獲しろ」という科学的手法だってあり得るのだから)。変に科学を装った主張をするとここがおかしくなります。科学的に捕鯨が「可能である」という事と、だから捕鯨を「すべき」という事は全く違う。「捕鯨が可能であってもすべきではない」と論ずるべき部分を「捕鯨なんかできっこない」と主張しようとするから失敗している例も見受けられるように思います。
●cora x さんのとらえ方が正しいと感じます。
私は未来の食糧事情を考えれば、捕鯨などを通しての海洋資源の適正管理は避けられないとは思います。ただ別の考え方があって、当たり前。無理な理論構成・上から目線で彼らは自滅しているように感じます。
●今日は医学の知識に詳しい論客が複数おみえです。そのためかな?と想像しております。
>>結局は人間の思い上がり。見る人の感覚によっては、イルカよりもイカが可愛く見えるかもしれません。反捕鯨は突き詰めれば感情論なのでは?
>どちらがかわいいか、というのは基本的に主観的なものだと思います。〜生物学的・心理学的な議論になるとは思うのですが。〜「何がかわいく見えるか」は恐らく生物学的な基盤すらあって、文化や経験によって変りはするけれど、共通性もあるものだろうとは思います。
それはそうなのですが、「かわいいから殺さない」が必ず一般性をもつかと言えば、そうでもない。
「そうだよなあ、こんなかわいいのはどんな理由があっても殺したくないよなあ」と皆が思った時か、あるいは「こんなかわいいものを殺すな」という声が多数派となり、その圧力によってやめさせた場合でしょう。
感情論から一般的な常識が形成されてもそれは構わない。しかし、「いや、かわいいと言えばかわいいけど、食料でもあるじゃん」という時、「自分たちはかわいいと思うから殺すな」と言えるか。言うのはもちろん自由ですが、「殺さないのが常識」「殺すやつは野蛮」「高等な人間はそういう事はしない」まで言い出すと、そりゃ反感を買うでしょう。
●「鯨は私は可愛いと思う」「イルカはこんな賢く見える面がある」「鯨はできれば殺さない方がいいと思う」・・・・・そういう根拠となる資料を提示し、理解者を増やそうというならまだ分かります。反対の立場の人間を、「鯨以下」で見下すから反感を買い、誰も見向きもしない。逆効果の時間の無駄遣いになっているのだと思います。
>〜結局、自分の常識とする事をどこまで相手に要求できるか、あるいは自分の信じるより良い世界を実現するためにどのような言い方ややり方をすべきか、そこが問題なんじゃないですかね。
その意味では「捕鯨する奴は野蛮人」「我々は殺さないから高尚」といった言い方は、「身内」に対するアピールになりこそすれ、捕鯨をやめさせる方法にはなり得ないと思います。
●反捕鯨の人たちは訴え方が下手なんだと思います。上手に訴えても、信念を持つ捕鯨推進派は考えを変えません。しかし可能性のある「中立の人」もみんな捕鯨推進派になっていきますね。
>もう一点。科学とはツールです。「**ならば捕鯨をすべきではない」という倫理に基づき、「**かどうか」を知るのが科学ですね。「すべきか、すべきでないか」を決定するのは少なくとも水産学ではない(だって「絶滅しても構わないから捕獲しろ」という科学的手法だってあり得るのだから)。変に科学を装った主張をするとここがおかしくなります。科学的に捕鯨が「可能である」という事と、だから捕鯨を「すべき」という事は全く違う。「捕鯨が可能であってもすべきではない」と論ずるべき部分を「捕鯨なんかできっこない」と主張しようとするから失敗している例も見受けられるように思います。
●cora x さんのとらえ方が正しいと感じます。
私は未来の食糧事情を考えれば、捕鯨などを通しての海洋資源の適正管理は避けられないとは思います。ただ別の考え方があって、当たり前。無理な理論構成・上から目線で彼らは自滅しているように感じます。
これは メッセージ 33071 (corax_lupus さん)への返信です.
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