後半 Re: ここにも一人悔い改めぬ人…
投稿者: ennohilim 投稿日時: 2006/09/18 10:23 投稿番号: [96569 / 118550]
>さて最後に…
>テロに対して有効な対応が出来ない、現在のイスラム教指導者に対して、サラディンやアル・マリク・アル・カーミルの故事を示すことは、イタズラに反感を煽るより、「愛の宗教」の指導者として適切であると思ったからであり…
何も、「お偉い法皇様」が一般大衆と一緒に怒り狂っても見苦しいだけだと思ったからだ…。もちろん、イスラム教徒とキリスト教徒が対立したきた歴史も有る。しかし、融和してしていた時代も有ったわけで…(対立と融和の時代を見るとき、スペインのモサラベの辿った道を思うと、その典型を見る思いがする)…教皇の立場としたら、どちらを述べるべきか、明白で有ると思う。
基本的に宗教観の対話、場合によっては宥和を進めるべきことは当然だろう。教皇もその立場だったろうが、今回の発言は「聖戦批判」が「イスラム教批判」へと、外の人間によって誤解された。その誤解の一因が教皇の歴史への言及の仕方にあったのも事実。しかしそれは頻発しているテロ行為の正当化の問題とはべつの話。それに「サラディンやアル・マリク・アル・カーミルの故事」をあげてイスラム側の態度が変わるとは考えにくいしね。どんな批判をしても相手は激怒するだけで何も変わらなかったろう。そんな議論が通じるくらいならとっくにテロは終わっている。
そもそも君は「聖戦の批判はよかったが、それにくっつけた歴史的な批判の仕方がよくなかった」といいたいのか、それとも「聖戦批判そのものに問題があった」といいたいのかどっち?
>最後に、どうも私自身を、テロに対して「三分の理」を説いている人間に仕立てたい様であるが…
>>盗人にも三分の理という。どんなに弁護の余地がないようにみえる凶悪犯罪だって、つぶさにみればその背後にはその犯罪の遠因となった理由をあげることができよう。許されないテロにも三分の理がある。そんなことは当たり前のことで、犯行の正当化に使ってはいけない。 この部分は、まったく同感である…。「聖戦」を「専守防衛」の意味に捉えている多くのイスラム教徒と異なり、「聖戦」をアメリカが提唱する「先制攻撃論」と解釈する誤った考えの独善的テロリストは、断罪されるべきだと思う。
この部分というより、ずっとそのことをいってきてるんだろう。部分じゃなくて全体だよ。それ以外はただ「ちなみに」ということであげているだけだろうが。
>そのためにも、イスラム教を「十把一絡げ」の様に扱い「文明の衝突」を煽る言動は、慎むべきだと思うわけだ。
十把一絡げに扱われないように、自分を改めないと欧米だけでなく世界の目は厳しくなるだけだと警告しているだけだよ。サラディンの名を挙げても「十把一絡げ」と見られるのは避けられないだろう。自分たちの歴史的英雄の名を利用して揶揄をしているととられるだけだろう。結局そういう誤解を招きたくなければ、どんな批判もせず口をふさいでいるしかないだろう。
>テロに対して有効な対応が出来ない、現在のイスラム教指導者に対して、サラディンやアル・マリク・アル・カーミルの故事を示すことは、イタズラに反感を煽るより、「愛の宗教」の指導者として適切であると思ったからであり…
何も、「お偉い法皇様」が一般大衆と一緒に怒り狂っても見苦しいだけだと思ったからだ…。もちろん、イスラム教徒とキリスト教徒が対立したきた歴史も有る。しかし、融和してしていた時代も有ったわけで…(対立と融和の時代を見るとき、スペインのモサラベの辿った道を思うと、その典型を見る思いがする)…教皇の立場としたら、どちらを述べるべきか、明白で有ると思う。
基本的に宗教観の対話、場合によっては宥和を進めるべきことは当然だろう。教皇もその立場だったろうが、今回の発言は「聖戦批判」が「イスラム教批判」へと、外の人間によって誤解された。その誤解の一因が教皇の歴史への言及の仕方にあったのも事実。しかしそれは頻発しているテロ行為の正当化の問題とはべつの話。それに「サラディンやアル・マリク・アル・カーミルの故事」をあげてイスラム側の態度が変わるとは考えにくいしね。どんな批判をしても相手は激怒するだけで何も変わらなかったろう。そんな議論が通じるくらいならとっくにテロは終わっている。
そもそも君は「聖戦の批判はよかったが、それにくっつけた歴史的な批判の仕方がよくなかった」といいたいのか、それとも「聖戦批判そのものに問題があった」といいたいのかどっち?
>最後に、どうも私自身を、テロに対して「三分の理」を説いている人間に仕立てたい様であるが…
>>盗人にも三分の理という。どんなに弁護の余地がないようにみえる凶悪犯罪だって、つぶさにみればその背後にはその犯罪の遠因となった理由をあげることができよう。許されないテロにも三分の理がある。そんなことは当たり前のことで、犯行の正当化に使ってはいけない。 この部分は、まったく同感である…。「聖戦」を「専守防衛」の意味に捉えている多くのイスラム教徒と異なり、「聖戦」をアメリカが提唱する「先制攻撃論」と解釈する誤った考えの独善的テロリストは、断罪されるべきだと思う。
この部分というより、ずっとそのことをいってきてるんだろう。部分じゃなくて全体だよ。それ以外はただ「ちなみに」ということであげているだけだろうが。
>そのためにも、イスラム教を「十把一絡げ」の様に扱い「文明の衝突」を煽る言動は、慎むべきだと思うわけだ。
十把一絡げに扱われないように、自分を改めないと欧米だけでなく世界の目は厳しくなるだけだと警告しているだけだよ。サラディンの名を挙げても「十把一絡げ」と見られるのは避けられないだろう。自分たちの歴史的英雄の名を利用して揶揄をしているととられるだけだろう。結局そういう誤解を招きたくなければ、どんな批判もせず口をふさいでいるしかないだろう。
これは メッセージ 96564 (messi19 さん)への返信です.
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