>>疑念
投稿者: eldragon88 投稿日時: 2005/07/25 20:00 投稿番号: [75919 / 118550]
>ただ、イラク侵略の米英とテロ未遂女性レイプの警官たちで違うところは、
>米英の場合「武力侵攻」そのものが「目的」ではない…というところです。
本来、軍事行動は問題解決の最終的手段であり、目的のための
「やむなき選択」であるべきものです。
しかし、イラク攻撃への大儀(大量破壊兵器の脅威など)が揺れ動く中で、
一貫して微動だにしなかったのは、「軍事行動ありき」という点でした。
<目的>が揺れ動くのに、<手段>は決定されている。
ちょっと論理的にものを考えることが出来れば、この<目的>と<手段>
の逆転には疑問を抱きます。
普通、<目的>に対して、<手段>にはさまざまなオプションがある。
つまり、<手段>は状況によって変わってくる性質のもの。
だから、アメリカの軍事行動はそもそも<手段>ではなく、
<目的>ではなかったのか、という疑念が払拭できないわけです。
言い換えれば、<戦争>そのものが目的であり、その目的のために、
さまざまな理由が掲げられた。すなわち大儀とされたものが、
戦争を正当化するための<手段>に使われたに過ぎないということです。
覚えていますか?
アメリカ軍が空爆から、地上部隊によるバクダット陥落を目指す作戦に
切り替わったとき、ラムズフェルドが不可解な会見をやりました。
「どうやらイラク国内には、大量破壊兵器はなさそうだ」と。
まだ地上行軍が始まったばかりで、イラク軍も迎撃体制にあった時です。
そもそも、「大量破壊兵器への疑惑」がアメリカの軍事行動の大儀だった
はずなのに、国防長官が早々とその「疑惑」を否定する会見をしたのです。
当然、頭は「???」になりますよね。でも、何故かこの会見をメディア
は余り突っ込まなかった。それよりも、アメリカ軍の戦況に焦点が向けられた。
しかし、このラムズフェルドの会見には、非常に重要な意味があったと
思います。
イラクの戦場に居る兵士たちは、「大量破壊兵器への疑惑」という大儀で
軍事行動の正義を共有しています。しかし、その大儀がいざ戦場では、
兵士たちに「恐怖」をもたらす要因にもなるわけです。
敵が大量破壊兵器を持っているのと、持っていないのとでは、
軍事オペレーションが決定的に違うわけです。
ラムズフェルドの会見は、その戦場のアメリカ軍に向けて示された情報
ではなかったのか?
「大量破壊兵器はないから、作戦通りに行軍しろ」と。
少なくとも、軍事作戦が進行しているときに、その最高司令官が戦争の
大儀に関わるような迂闊な発言をすることは、普通は考えられません。
とすれば、そもそもアメリカは「イラクには大量破壊兵器がない」
ということを知っていた。つまり、最初からそれは大儀ではなかった。
しかし、<手段>であるはずの軍事行動だけは決定されていた。
とすれば、それは<手段>ではなく目的>だったと考えるしかありません。
結果からしても、ラムズフェルドの発言は「正しかった」。
彼は未来を予言したのではなく、最初から知っていたのです。
アメリカによるイラク攻撃は、国家的なレイプそのものです。
イラクは中東で一番セクシーな国家に見えたのでしょう。
「何としても、オレのものにしてやる、オレの種を宿してやる」と。
そのため、1発1億円のトマホークを、惜しみもなくブチ込んだ。
イラクは、アメリカ軍の兵器庫の在庫処理場にもなったのでしょう。
「兵器」という商品は、使用されて初めて経済価値が維持される。
その経済的理由も要因のひとつとして、戦争が<目的化>すること
は、十分に考えられることです。
冷戦時の軍拡競争によって巨大化したアメリカの軍事産業が、
冷戦後にもその存在価値を維持するには、<戦争>というマーケティング
を展開するしかないのかもしれません。
>米英の場合「武力侵攻」そのものが「目的」ではない…というところです。
本来、軍事行動は問題解決の最終的手段であり、目的のための
「やむなき選択」であるべきものです。
しかし、イラク攻撃への大儀(大量破壊兵器の脅威など)が揺れ動く中で、
一貫して微動だにしなかったのは、「軍事行動ありき」という点でした。
<目的>が揺れ動くのに、<手段>は決定されている。
ちょっと論理的にものを考えることが出来れば、この<目的>と<手段>
の逆転には疑問を抱きます。
普通、<目的>に対して、<手段>にはさまざまなオプションがある。
つまり、<手段>は状況によって変わってくる性質のもの。
だから、アメリカの軍事行動はそもそも<手段>ではなく、
<目的>ではなかったのか、という疑念が払拭できないわけです。
言い換えれば、<戦争>そのものが目的であり、その目的のために、
さまざまな理由が掲げられた。すなわち大儀とされたものが、
戦争を正当化するための<手段>に使われたに過ぎないということです。
覚えていますか?
アメリカ軍が空爆から、地上部隊によるバクダット陥落を目指す作戦に
切り替わったとき、ラムズフェルドが不可解な会見をやりました。
「どうやらイラク国内には、大量破壊兵器はなさそうだ」と。
まだ地上行軍が始まったばかりで、イラク軍も迎撃体制にあった時です。
そもそも、「大量破壊兵器への疑惑」がアメリカの軍事行動の大儀だった
はずなのに、国防長官が早々とその「疑惑」を否定する会見をしたのです。
当然、頭は「???」になりますよね。でも、何故かこの会見をメディア
は余り突っ込まなかった。それよりも、アメリカ軍の戦況に焦点が向けられた。
しかし、このラムズフェルドの会見には、非常に重要な意味があったと
思います。
イラクの戦場に居る兵士たちは、「大量破壊兵器への疑惑」という大儀で
軍事行動の正義を共有しています。しかし、その大儀がいざ戦場では、
兵士たちに「恐怖」をもたらす要因にもなるわけです。
敵が大量破壊兵器を持っているのと、持っていないのとでは、
軍事オペレーションが決定的に違うわけです。
ラムズフェルドの会見は、その戦場のアメリカ軍に向けて示された情報
ではなかったのか?
「大量破壊兵器はないから、作戦通りに行軍しろ」と。
少なくとも、軍事作戦が進行しているときに、その最高司令官が戦争の
大儀に関わるような迂闊な発言をすることは、普通は考えられません。
とすれば、そもそもアメリカは「イラクには大量破壊兵器がない」
ということを知っていた。つまり、最初からそれは大儀ではなかった。
しかし、<手段>であるはずの軍事行動だけは決定されていた。
とすれば、それは<手段>ではなく目的>だったと考えるしかありません。
結果からしても、ラムズフェルドの発言は「正しかった」。
彼は未来を予言したのではなく、最初から知っていたのです。
アメリカによるイラク攻撃は、国家的なレイプそのものです。
イラクは中東で一番セクシーな国家に見えたのでしょう。
「何としても、オレのものにしてやる、オレの種を宿してやる」と。
そのため、1発1億円のトマホークを、惜しみもなくブチ込んだ。
イラクは、アメリカ軍の兵器庫の在庫処理場にもなったのでしょう。
「兵器」という商品は、使用されて初めて経済価値が維持される。
その経済的理由も要因のひとつとして、戦争が<目的化>すること
は、十分に考えられることです。
冷戦時の軍拡競争によって巨大化したアメリカの軍事産業が、
冷戦後にもその存在価値を維持するには、<戦争>というマーケティング
を展開するしかないのかもしれません。
これは メッセージ 75910 (bonno_216 さん)への返信です.
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