沖縄戦とファルージャの差異
投稿者: lighter101rethgil 投稿日時: 2005/07/04 09:55 投稿番号: [74308 / 118550]
沖縄戦に於ける、日本軍及び沖縄行政の最大の失敗は
戒厳令の施行をしなかった事である。
しかし、コレには情状酌量の余地はある。
なぜなら、軍も行政も戒厳を視野に入れたが
天皇決裁の『戒厳令』を日本本土で施行する意味は
沖縄県人は日本人とは違う事を意味した。
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『沖縄戦』
沖縄戦に於ける一般には無視されている史実。
※住民の被害の大部分は首里戦線崩壊以降
喜屋武半島地区戦闘終了までである。
この原因は住民は軍と行動を共にしたがり
軍も住民を引き連れて撤退した為。
『非武装中立地帯』
日本軍は現代の価値観に於ける非武装中立地帯の設定着想こそ無かったが
住民を戦闘が緩和な地区に批難させたいと考えていた。
それらの結果が
戦闘開始前の国頭地区への疎開
首里戦線崩壊後の知念半島への避難勧告。
米軍もまた住民への配慮をしており
宣伝ビラにより
『住民は白衣を着て銃爆撃に対して識別できるように注意していた。』
ともに、戦争法規の精神から来ている。
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『ファルージャの戦闘』
対してファルージャの戦闘はどうか?
沖縄戦と異なり両軍ともに時間的余裕があった。
ファルージャ防衛側は
戦闘員と非戦闘員を分ける努力をするどころか
戦闘員が非戦闘員を装っていた。
また、非戦闘員を疎開させず戦術拠点に配置させる事で攻勢側の侵攻を困難にさせようとした。
(攻略以後、米軍は住民に食糧を配布する際、住民の硝煙反応テストをした。
そうしなければならないくらい武装勢力は公然と非戦闘員を装った。)
コレは、攻勢側が非戦闘員の犠牲を最小にしようと努力
防衛側が非戦闘員を攻勢側に死傷させる事が国際世論と言う武器に繋がると言う
古今東西通用しない戦術であった。
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もしもファルージャ攻略戦を
沖縄戦の価値観で日米が戦闘をしていた場合。
攻勢側は宣伝ビラを散布
防御側は非戦闘員に白衣もしくは識別しやすい布を着させ、町の中心部に疎開させていた。
防御側は軍服を着用し都市外壁部を固め侵攻を防御しようと努力した。
攻勢側は地上戦を避け
1・空爆によって防御側拠点を徹底的に破壊
2・火砲により残存した敵及び拠点の破壊
3・戦車を先頭に市街地駆逐
WWIIで失敗したマーケットガーデン作戦そのままを実施しただろう。
これは メッセージ 74306 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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