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投稿者: dosukoi1212 投稿日時: 2005/07/02 08:09 投稿番号: [74149 / 118550]
集団自決「軍の命令なかった」
投稿者: mc0928 (42歳/男性/沖縄県) 2001年6月25日 午前11時42分
メッセージ: 3635 / 4105
23日、産経新聞朝刊より
沖縄戦で集団自決した沖縄県・座間味島で生まれ育った那覇市職員、宮城晴美さん(51)は、亡き母親との約束を十年ぶりに果たし、自決の真相に真相に迫る著作「母の遺したもの」を出版した。‘島のタブー‘を破り、集団自決は日本軍の命令ではなかったとする母の手記と自らの調査が丹念につづられ、静かな反響を呼んでいる。
「いずれ機会をみて発表して」。母親の初枝さん=当時(69)=は平成2年、戦争体験を書いたノートを晴美さんに手渡し、その半年後、がんで亡くなった。
沖縄戦では島の住民約600人のうち135人が集団自決した。当時24歳の初枝さんも手りゅう弾で自決を図ったが不発。座間味村の助役が軍に住民を「玉砕させる」と申し出たのを目撃した、ただ一人の生存者となった。
だが、島の長老は初枝さんに「自決は軍の命令」と偽証するよう要求。「遺族が国の補償を受けるため」と説得されて証言し、軍命令説が定着していった。
戦後、沖縄戦の語り部となった初枝さんは、事実を明らかにできずに悩み続け、真相を書きとめたノートを娘に託した。
晴美さんは母の死後調査を開始。「アメリカに捕まるよりは」と家族を絞め殺した男性、「父ちゃんも必ずおいでね」と殺されていった子どもら・・・。
よみがえる凄惨な記憶に泣き出す人も多かったが、「軍命令」を直接聞いた人はいなかった。沖縄戦では渡嘉敷島や伊江島、本島中南部の各地でも集団自決が起こった。
島の悲劇は「日本軍でも助役のせいでもなく、戦前、戦中の日本の教育こそが引き起こしたのではなかったか」。晴美さんは今、一つの結論に達している。
以上
この記事は地元紙には載っていませんが、どうしてでしょうね。それとも載っていたのに扱いが小さすぎて見逃したのでしょうか。
これは メッセージ 74142 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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