ボンノさんへ
投稿者: lonlontimago 投稿日時: 2005/04/20 16:17 投稿番号: [69133 / 118550]
ボンノさん、いろいろありがとうございます。
湾岸戦争以後の状況についてあまり情報を持ち合わせておらず、申し訳ありませんでした。
>1998年、UNSCOMの査察が中断するに至った経緯
このあたりで読んでおくべき情報がありますか?
ご紹介いただければ幸いです。
>仏露などによる「経済制裁解除」圧力
この部分については、田中宇氏の文章に出てきたように
イラクの外交戦略のたまものだろうなと思います。
私の目には、なぜ、クウェート侵攻という考えられない暴挙に出た政権が
そのまま野放しになるのだろうと素朴に疑問に感じられました。
このあたりは、田中宇氏が分析したとおりなのかもしれませんね。
フセイン政権が倒れることによって、イラク国内の混乱と中東が不安定になるだろうという不安が
二の足をふませたのだろうと思います。
>国際社会はフセイン氏を裁く根拠を持っていませんでしたし、その権限もありません。「制裁」は紛争を平和的に解決するための「手段」であり、それ自体が目的とはならないのです。
クウェート侵攻の裁きをフセイン氏は受けたのでしょうか?
フセインの手によって制裁も骨抜きにされ、逆に独裁色を強め
諸国の事情で結果的におとがめなしになってよかったのでしょうか?
でも、確かに「急迫的な脅威」はなかったのかもしれませんし
イラクの脅威は結果的に杞憂であったのでしょうね。
うーん、やっぱり開戦は間違いだったのでしょうかねぇ。
というより、湾岸戦争の戦後処理を完璧に誤ったということなんでしょうけれど
ただ、当時としては、それ以上の方策はなかったのだろうと思いますし
今イラクが新しい国を作ろうと努力している様子を見ていると
単に過ちだったのだろうかと思ってしまいます。
内乱になるだろうという予測もはずれ、また、米国流の民主主義になるわけでもなく
イラク国内の合意を模索しながら、イラク流の民主主義を打ちたてようとしているようにも見えます。
結果的に、もっとよい方法があったのだろうかと思います。
複雑な気持ちです。
これは メッセージ 69131 (bonno_216 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/69133.html