対イラク武力行使

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横>理に適った理屈ではありません④

投稿者: GivingTree 投稿日時: 2005/01/21 16:44 投稿番号: [62493 / 118550]
>イラクの治安がいつに比べてどのように悪化しているのだ?

国家の治安というのは、国家という枠組みの中でしか存在しません。

したがって、フセイン政権下の「イラクの治安」はイラクの治安当局や軍が維持していたことになり、強権政治とはいえそこには“秩序”がありました。その秩序を維持するのは、たとえ独裁国家であれ国家政府の使命です。

フセイン政権時代、フセインは反政府主義者やクルド人などの“政治的”マイノリティー を徹底的に弾圧・粛清してきました。しかしそれは同時に、これらの勢力を徹底的に押さえつけることで秩序を有効に維持して来たということでもあります。

フセインが秩序維持のためにとった「手法」は決して容認できるものではありません。裁判なき処刑や暗殺、化学兵器による大量殺戮など、それは国家の常識としても許容される治安維持手法ではありません。

フセイン時代の方が秩序があった(ましだった)とすることは、フセイン政権のあり方を全面的に容認するという意味ではないのです。こと治安維持というカテゴリについては、強権政治だったとはいえ、圧制だったとはいえ、フセイン時代の方が“まだましだった”のではないかという指摘なんです。そこをごっちゃにしないでください。

アメリカは、フセインの圧制からイラクを解放し民主化するために戦争を始めたと(今は)言っています。ならば、フセインの圧制時代に民衆が享受した“以上”の自由を、アメリカはイラクの人々に与えられなければなりません。しかし実際はどうか?それが問題なんです。

“表面的な自由”などはどうでもいい。それは、フセイン政権というお上が実際に存在しなくなったんですから、“その程度の自由”(言論の自由、表現の自由など)は享受できるようになって当たり前です。それは確かに米英率いる連合軍がイラクにもたらしたものかもしれません。では、「生きる」ということ、「生存する」ことという基本的自由はどうなっていますか?それが問題なんです。アメリカがイラクにもたらした自由は、アメリカや他の民主主義の国が謳歌している自由と同じですか?違いますよね。根本的に違うのが「平穏に生きること」「明日も生きていること」を保証される自由がないということです。それは、いまイラクに“あるべき自由”ではないんですか?

ここで、「テロリストがその自由を阻害している」という反論は予め退けておきます。
テロでなくても、彼らは彼の望む自由(生きる自由)が手に入れられないのなら、抵抗する・戦う権利があるからです。それが自決権というものですから。
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