対イラク武力行使

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(横)正しくは「人民」の自決権>GTさん

投稿者: silverlining430 投稿日時: 2005/01/07 16:39 投稿番号: [61442 / 118550]
すでにzionisatou2さんが紹介していますが、正しくは「人民」の自決権であり「民族」の自決権という言い方をしないことで、少なくとも各国の国際法学会はコンセンサスを得ていますし、国連憲章でも、自決権を規定した関連の決議でも、「self-determination of peoples」とわざわざ表現するのには、それなりの理由がしっかりあります。

したがって、national self-determinationと言ってしまうと、「自決権」という概念に含まれる理念が正確に説明できなくなります。国際政治の場で「NSD」と使われていると仰っていますが、それは国際法上確立した「人民の自決権」とは全く別の概念と言わざるを得ないし、自決権を享受できる対象が概念上狭められてしまうことになる非常に不注意な言葉です。

邦訳でも「人民の自決権」とした方がいいという主張をいち早く展開したのは、松井芳郎教授で、同教授がかなり前に国際法外交雑誌という日本の学術誌に「民族の自決権」ではなく「人民の自決権」であるということの論理的証明を行う論文を発表しております。

この松井教授の主張は、日本国際法学会の場でも広く受け入れられ、国際法の専門家は、「人民の自決権」という言葉を用い、「民族の自決権」ではありませんと大学の国際法の授業で教えます。海外の大学もそうです。僕が1年半だけ学んでいたパリ大学のアラン・ペレ教授も"peuple"だとしきにり主張していました。

ではなぜ「人民」の自決権なのか?

自決権とは「人権の一部である」と広く認識されております。

社会の構成員とは「民族」だけではありません。宗教集団もいるでしょう。そのほか、政治信条に基づくグループもいます。また、社会的なコミュニティーというやや曖昧な意味での集団もいるでしょう。

そうした広い意味での「集団」すら「自決権」を享受しているのだ――との認識があるからこそ「人民」の自決権という言葉にわざわざしているのです。

そして、自決権を行使することで達成する目標とは「独立国家」の樹立なんかではありません。ある集団に属しているという理由で、虐殺や迫害にあっているということから解放されることこそが、自決権を行使する真の意味なのです。

このことが「自決権とは人権の一部である」と認識されているゆえんなのです。

つまり自決権の行使とは、自決権を行使した者の生命の尊厳と人権の保障を獲得する戦いなのであり、それは同時に、生命の尊厳と人権の保障の普遍化をめざす戦いでもあるのです。

そして生命の尊厳と人権の保障という目的の実現を考えない戦い方をする者のやっていることは「自決権の行使」などでは決してありません。

アルカイダなどは典型的だしイラクの武装勢力なんかもそうですが、「生命の尊厳と人権保障の普遍化」という視座のない殺戮を行う者を「人民の自決権に基づく抵抗運動」などと僕は絶対に考えません。ただのテロです。
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