(横)>>アメリカ人の平和ぼけ
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2005/01/05 18:56 投稿番号: [61295 / 118550]
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だから構造的な対策はとっていなかったにせよ、
各論ではいろいろやってたんで
クリントン政権の対アルカイダ無策というのは必ずしも正しくないとおもうよ。
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――とのネオさんのお話は一理あると思います。そもそも対テロ政策に関し、クリントン政権がアルカイダに対し抱いていた危機感を当初のブッシュ政権が共有していたわけではなかった、ということが問題でもありました。
このことは、発足当初のブッシュ政権が国際問題には多分に無関心を極め込もうとしていたこととも関係していると思われます。
発足当初のブッシュ政権が国際問題に対し消極的な姿勢であった理由は、カカシさんが#61288の投稿の中で指摘しているように…
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クリントン大統領にとって一番大切だったことは自分の偉大なる功績を残すことにありました。コソボへ援軍をだすとか、パレスチナとイスラエルの問題や、アイルランド問題を解決するなんていうのは派手だし、人気のある政策だし彼としては理想の仕事。実際にうまくいくいかないは別として、彼が身を乗り出したというだけで、人気上昇。
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――という米国の国益に実質的につながるかどうかも不明な、他国のやっかいな問題に首を突っ込むクリントンの介入政策が疑問視されていたからということがあります。
ソマリアに展開したUNOSOMIIにおける米兵の犠牲がセンセーショナルに報じられたこともあり、クリントン政権の「御節介すぎる」とも揶揄された介入政策はますます疑問が抱かれ、他国の問題への介入と米国の国益の伸長との関係性が明確でなければ介入すべきではないとの方針が強まります。
発足当初のブッシュ政権は、まさにクリントン政権のような介入政策に批判的な政権であり、無益な介入は行わない国益優先の方針をモロに押し出そうとしていたわけです。
以前、僕は米国の単独行動主義は「孤立主義」と「国際主義」の相反する2つのベクトルが混合していることについて述べましたが、ブッシュ政権は、当初は「孤立主義」のベクトルの方が強い政権であったことは間違いなかったと思います。つまりネオコンというよりもカカシさんのような伝統的な保守の思考の方が強かったと思うのです
しかし、9・11テロにより米国は姿勢を大転換したと思います。つまり「国際主義」のベクトルの方が強い米国になったのだと思います。「他国で自由が抑圧されている状況を米国が介入することにより是正することは、米国の国益にもつながるのだ」との考え方(=ネオコンの思考様式)の台頭です。
これ以降の対応はネオさんもご存知のように、米国がアフガンに対する武力行使を「自衛権の行使」として国連安保理決議で根拠付けることにより、「テロという非国家主体による行為に対しても自衛権を行使できる」――という新たな国際法論理を生み出すことにもなりました。
9・11テロが起こるまで、ブッシュ政権はアルカイダなどの過激派テロ組織に対し、とりわけ有効なテロ対策を講じてきたわけではなかったという点は僕もそうだと思いますし、このことは、「9・11は米国が招いた」というトンデモ系の陰謀論を唱える人たちが喜んで食い付いてくるところでもあるかと思われます。
僕は、単にそもそも伝統的保守で「孤立主義」のベクトルの方が強かったブッシュ政権が、「国際主義」のベクトルを持つネオコン的な思考にシフトしてきたにすぎず、その大きな契機となったのが9・11だったということなのだろうと思っていますが、いずれにせよ、実は対テロ政策についてそれほど大きな関心を払っていたわけではなかったという顔を発足当初のブッシュ政権が持っていたということは真摯に反省すべきであると思うし、クリントン政権の対テロ政策とブッシュ政権の当初の国家安全保障政策に連続性がなかったということが本質的な問題ではないのか――というのが僕の考えです。
対イラク武力行使については、武力行使を根拠付ける一連の安保理決議は、どれもWMDの脅威しか問題にしていないし、イラクとアルカイダの間に協力関係はあったとしても、9・11とイラクとの間に関連性はないことは9・11が起きた当時から米政府が公式にも表明していたわけなのだから、あくまで「イラクのWMDに関する安保理決議の不遵守行為」のみを問題とした米政府の対応は、法的な形式論から見れば非常に妥当であると思います。
ですので、米国がイラクとアルカイダとの関連性を武力行使の根拠として主張しなかったのはなぜか?とのGTさんの主張は、形式論からいうとナンセンスであると思います。
だから構造的な対策はとっていなかったにせよ、
各論ではいろいろやってたんで
クリントン政権の対アルカイダ無策というのは必ずしも正しくないとおもうよ。
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――とのネオさんのお話は一理あると思います。そもそも対テロ政策に関し、クリントン政権がアルカイダに対し抱いていた危機感を当初のブッシュ政権が共有していたわけではなかった、ということが問題でもありました。
このことは、発足当初のブッシュ政権が国際問題には多分に無関心を極め込もうとしていたこととも関係していると思われます。
発足当初のブッシュ政権が国際問題に対し消極的な姿勢であった理由は、カカシさんが#61288の投稿の中で指摘しているように…
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クリントン大統領にとって一番大切だったことは自分の偉大なる功績を残すことにありました。コソボへ援軍をだすとか、パレスチナとイスラエルの問題や、アイルランド問題を解決するなんていうのは派手だし、人気のある政策だし彼としては理想の仕事。実際にうまくいくいかないは別として、彼が身を乗り出したというだけで、人気上昇。
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――という米国の国益に実質的につながるかどうかも不明な、他国のやっかいな問題に首を突っ込むクリントンの介入政策が疑問視されていたからということがあります。
ソマリアに展開したUNOSOMIIにおける米兵の犠牲がセンセーショナルに報じられたこともあり、クリントン政権の「御節介すぎる」とも揶揄された介入政策はますます疑問が抱かれ、他国の問題への介入と米国の国益の伸長との関係性が明確でなければ介入すべきではないとの方針が強まります。
発足当初のブッシュ政権は、まさにクリントン政権のような介入政策に批判的な政権であり、無益な介入は行わない国益優先の方針をモロに押し出そうとしていたわけです。
以前、僕は米国の単独行動主義は「孤立主義」と「国際主義」の相反する2つのベクトルが混合していることについて述べましたが、ブッシュ政権は、当初は「孤立主義」のベクトルの方が強い政権であったことは間違いなかったと思います。つまりネオコンというよりもカカシさんのような伝統的な保守の思考の方が強かったと思うのです
しかし、9・11テロにより米国は姿勢を大転換したと思います。つまり「国際主義」のベクトルの方が強い米国になったのだと思います。「他国で自由が抑圧されている状況を米国が介入することにより是正することは、米国の国益にもつながるのだ」との考え方(=ネオコンの思考様式)の台頭です。
これ以降の対応はネオさんもご存知のように、米国がアフガンに対する武力行使を「自衛権の行使」として国連安保理決議で根拠付けることにより、「テロという非国家主体による行為に対しても自衛権を行使できる」――という新たな国際法論理を生み出すことにもなりました。
9・11テロが起こるまで、ブッシュ政権はアルカイダなどの過激派テロ組織に対し、とりわけ有効なテロ対策を講じてきたわけではなかったという点は僕もそうだと思いますし、このことは、「9・11は米国が招いた」というトンデモ系の陰謀論を唱える人たちが喜んで食い付いてくるところでもあるかと思われます。
僕は、単にそもそも伝統的保守で「孤立主義」のベクトルの方が強かったブッシュ政権が、「国際主義」のベクトルを持つネオコン的な思考にシフトしてきたにすぎず、その大きな契機となったのが9・11だったということなのだろうと思っていますが、いずれにせよ、実は対テロ政策についてそれほど大きな関心を払っていたわけではなかったという顔を発足当初のブッシュ政権が持っていたということは真摯に反省すべきであると思うし、クリントン政権の対テロ政策とブッシュ政権の当初の国家安全保障政策に連続性がなかったということが本質的な問題ではないのか――というのが僕の考えです。
対イラク武力行使については、武力行使を根拠付ける一連の安保理決議は、どれもWMDの脅威しか問題にしていないし、イラクとアルカイダの間に協力関係はあったとしても、9・11とイラクとの間に関連性はないことは9・11が起きた当時から米政府が公式にも表明していたわけなのだから、あくまで「イラクのWMDに関する安保理決議の不遵守行為」のみを問題とした米政府の対応は、法的な形式論から見れば非常に妥当であると思います。
ですので、米国がイラクとアルカイダとの関連性を武力行使の根拠として主張しなかったのはなぜか?とのGTさんの主張は、形式論からいうとナンセンスであると思います。
これは メッセージ 61293 (neo_con_spiracy さん)への返信です.
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