プロトタイプです(笑)>ライターさん
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2004/10/05 11:08 投稿番号: [55069 / 118550]
そういえばあちらではあまりやり取りがありませんでしたよね。
下は非常に感慨深いです。
>>
東西冷戦が終結し世界は平和になると多くの人は考えました。
たぶん、ソ連が冷戦に勝利したならば
戦争や紛争は起こらなかったと思います。
ソ連は恐怖で押さえつけていたでしょうから・・・
しかし、アメリカが勝ってしまった。
だから、戦争や紛争が次々と起こる。
>>
エマニュエル・トッドのロシアの人口推移や保健衛生状況の問題などを考えた分析からも、ロシアが冷戦に勝利することはあり得ないとかねてから予見されていたことではありますが・・・。
もし、ロシアが冷戦に勝利していたら、伝統的な意味での「帝国」が出現していたかもしれませんね。国連は解体かな(笑)。国際法も消滅(笑)。
レーニン主義系譜の共産主義の帰結は、想像するだけでゾクゾクしますね。チビリそうです(笑)。
マルクスがめざしていたことは結局なんだったのか僕にはよく分かりませんがね(笑)。あれを正確に解釈できた人は後世にいないんでしょう、ははは。
>>
良く地球市民と言う言葉を耳にしますが・・・
地球市民構想に達するまでに避けては通れない時代に今、私達は生きているのだと思います。
将来を踏まえた道義的是非はどうか?
私は地球市民のジレンマと言いましょう。
>>
過渡的という意味で、冷戦の終結を僕の恩師はこう規定しました。ジョークまじりですがね。
「冷戦の終結とは、資本主義が始まってはいけないところで始まって、共産主義が終わってはいけないところで終わってしまったということである」
・・・なかなか感慨深いっすよね(笑)。
冷戦の終結の勝者であるはずの自由主義、資本主義経済も、無批判で受け入れられてないですよね。
効率とか効用とかって機械的な概念は、やはり道義的な考え方からの挑戦を受けるので・・・。
それでは、道義的な規範として考えられるものを振り返りますと・・・
人権なんてのも、はっきしいって西欧出自の概念なんでその普遍性は疑問視され続けているわけです。
人権として人の権利が規定されることで、人間が本質的に幸せになったり、「正義」が実現されるわけではない。
ジョン・ロールズとアマルティア・センの論争に見られるように・・・。
ジュネーブ4条約の人道規範すら、はっきしいって西欧出自の概念。むしろ先進諸国が起こす戦争を許容している規範であるとさえ言える。
ICRC主催の国際人道法の見直し会議で、先進諸国、とくに米国の軍事専門家の言い分なんかを聞いていれば分かることなんですが、彼らは、「兵器の技術進歩で、人道法に則って戦うことできる」と大まじめな顔で言うわけです。
対人地雷がジュネーブ条約に違反する非人道的な兵器だから廃絶しようというムーブメントがあったときも、米国の軍事専門家は、スマートマインであればジュネーブ条約違反にならないから開発・使用可能だと言っていたわけです。
つまり、「ジュネーブ条約の枠内で戦える戦争」を模索しており、ジュネーブ条約もそういう戦争の形態を拒否できる規範ではない。
ここに、技術面で劣る発展途上国の反発が生まれ、ジュネーブ条約に則って戦えるような兵器が開発できないのだから、もし先進諸国と武力対峙する事態になったとき、ジュネーブ条約など守ってられん!となり、ゲリラ戦法などに頼って当然だと強弁する余地を与える。
イスラム過激派に至っては、あちらでも書きましたが、従来の戦争の仕方とは完全に非対称な戦い方をするわけだし、彼らの宗教的信条からしてみればジュネーブ条約なんてのは糞食らえだし、そもそも読んでもいない。
では、地球市民的な普遍性のある価値観をいかに見出したらいいのか?
僕は、アラブ人間開発報告のADHI辺り、結構参考になるかなぁと思っていたりします。また、センの「エンタイトルメント」や「潜在能力」の概念なんかもキーではないかと。そこに向かおうとする動きがでるかどうか、という過渡期にあるかもしれません。
下は非常に感慨深いです。
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東西冷戦が終結し世界は平和になると多くの人は考えました。
たぶん、ソ連が冷戦に勝利したならば
戦争や紛争は起こらなかったと思います。
ソ連は恐怖で押さえつけていたでしょうから・・・
しかし、アメリカが勝ってしまった。
だから、戦争や紛争が次々と起こる。
>>
エマニュエル・トッドのロシアの人口推移や保健衛生状況の問題などを考えた分析からも、ロシアが冷戦に勝利することはあり得ないとかねてから予見されていたことではありますが・・・。
もし、ロシアが冷戦に勝利していたら、伝統的な意味での「帝国」が出現していたかもしれませんね。国連は解体かな(笑)。国際法も消滅(笑)。
レーニン主義系譜の共産主義の帰結は、想像するだけでゾクゾクしますね。チビリそうです(笑)。
マルクスがめざしていたことは結局なんだったのか僕にはよく分かりませんがね(笑)。あれを正確に解釈できた人は後世にいないんでしょう、ははは。
>>
良く地球市民と言う言葉を耳にしますが・・・
地球市民構想に達するまでに避けては通れない時代に今、私達は生きているのだと思います。
将来を踏まえた道義的是非はどうか?
私は地球市民のジレンマと言いましょう。
>>
過渡的という意味で、冷戦の終結を僕の恩師はこう規定しました。ジョークまじりですがね。
「冷戦の終結とは、資本主義が始まってはいけないところで始まって、共産主義が終わってはいけないところで終わってしまったということである」
・・・なかなか感慨深いっすよね(笑)。
冷戦の終結の勝者であるはずの自由主義、資本主義経済も、無批判で受け入れられてないですよね。
効率とか効用とかって機械的な概念は、やはり道義的な考え方からの挑戦を受けるので・・・。
それでは、道義的な規範として考えられるものを振り返りますと・・・
人権なんてのも、はっきしいって西欧出自の概念なんでその普遍性は疑問視され続けているわけです。
人権として人の権利が規定されることで、人間が本質的に幸せになったり、「正義」が実現されるわけではない。
ジョン・ロールズとアマルティア・センの論争に見られるように・・・。
ジュネーブ4条約の人道規範すら、はっきしいって西欧出自の概念。むしろ先進諸国が起こす戦争を許容している規範であるとさえ言える。
ICRC主催の国際人道法の見直し会議で、先進諸国、とくに米国の軍事専門家の言い分なんかを聞いていれば分かることなんですが、彼らは、「兵器の技術進歩で、人道法に則って戦うことできる」と大まじめな顔で言うわけです。
対人地雷がジュネーブ条約に違反する非人道的な兵器だから廃絶しようというムーブメントがあったときも、米国の軍事専門家は、スマートマインであればジュネーブ条約違反にならないから開発・使用可能だと言っていたわけです。
つまり、「ジュネーブ条約の枠内で戦える戦争」を模索しており、ジュネーブ条約もそういう戦争の形態を拒否できる規範ではない。
ここに、技術面で劣る発展途上国の反発が生まれ、ジュネーブ条約に則って戦えるような兵器が開発できないのだから、もし先進諸国と武力対峙する事態になったとき、ジュネーブ条約など守ってられん!となり、ゲリラ戦法などに頼って当然だと強弁する余地を与える。
イスラム過激派に至っては、あちらでも書きましたが、従来の戦争の仕方とは完全に非対称な戦い方をするわけだし、彼らの宗教的信条からしてみればジュネーブ条約なんてのは糞食らえだし、そもそも読んでもいない。
では、地球市民的な普遍性のある価値観をいかに見出したらいいのか?
僕は、アラブ人間開発報告のADHI辺り、結構参考になるかなぁと思っていたりします。また、センの「エンタイトルメント」や「潜在能力」の概念なんかもキーではないかと。そこに向かおうとする動きがでるかどうか、という過渡期にあるかもしれません。
これは メッセージ 55049 (lighter101rethgil さん)への返信です.
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