>>>レッテル張りのパピヨンさん(2)
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/09/23 02:10 投稿番号: [54178 / 118550]
君の発言をもう一度始めからじっくり噛みしめてみようか・・?
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http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47621
>人間社会の競争が生物界全体に働く自然淘汰と無縁ではないと考えるのは、ごくふつうの推論に思えます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47563
>人間社会の競争が生物界全体に働く自然淘汰と無縁ではないと考えるのは、ごくふつうの推論に思えます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47571
競争原理で発展していくヒト社会にあっても、相互扶助の考え方が、ある程度必要であることは当然ですが、
実際の社会を見てください。
まず、企業は弱肉強食の熾烈な死闘を繰り広げています。あるかもしれないどころの世界ではないですよ。
そこには発明があり、改良があり、喜びもあります。
一人一人の人間の心理の中にも、優劣を見定め、優を好む傾向があります。
例えば、あなたも生涯の伴侶を選ぶとき、鮫肌で目や口のの散らばり具合が不均衡で、教養がなく、鈍い女性よりは、健康的で教養があって、品のいい女性を好むでしょう?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47592
自殺を自然淘汰というのは確かに酷な言い方に聞こえるでしょう。
自殺は精神的な苦痛から、自ら命を絶つ行為ですから、これが自然淘汰というのも一般には理解し難いでしょう。
ですが、人類社会の生存競争の犠牲になって自殺を計る人もいるわけで、
間接的に自然淘汰の原理が働いているという主張も否定できません。
生物が進化するために宿命として持つ厳しい現実を直視したときに
世界の悲哀を感じるということでしょう。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47621
>>生物が進化するために宿命として持つ厳しい現実を直視したときに
世界の悲哀を感じるということでしょう。
>残念ながら、全く意味不明な、言葉としか映りませんねえ?
生物進化は絶滅の危機に遭遇しつつ達成されてきたという事実があります。
ヒトも、ある時期、絶滅寸前までいったらしいです。
ウイルスに弱い人は淘汰され、子孫を残すこともなく、絶えていきました。
ヒト社会の中でも生存をかけた過酷な競争もありました。
現代社会とて、生命の試練の延長上にあるとみるべきでしょう。
地球規模での大変動が再来する可能性もあるでしょうし、それに備えるべく
ヒトという種や文明も絶えることのない進化の軌道を進んでいると考えます。
そのような過酷な現実だからこそ、喜びがあり、愛があるのです。
身近な話題で言えば、民主主義も多くの生命の犠牲の結果、獲得されてきました。
このように、世界は尊いものを与える代償として悲惨な犠牲を要求する一面を持つ。
世界の持つ悲哀とはそういう意味です。
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>人間社会の競争が生物界全体に働く自然淘汰と無縁ではないと考えるのは、ごくふつうの推論に思えます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47563
>人間社会の競争が生物界全体に働く自然淘汰と無縁ではないと考えるのは、ごくふつうの推論に思えます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47571
競争原理で発展していくヒト社会にあっても、相互扶助の考え方が、ある程度必要であることは当然ですが、
実際の社会を見てください。
まず、企業は弱肉強食の熾烈な死闘を繰り広げています。あるかもしれないどころの世界ではないですよ。
そこには発明があり、改良があり、喜びもあります。
一人一人の人間の心理の中にも、優劣を見定め、優を好む傾向があります。
例えば、あなたも生涯の伴侶を選ぶとき、鮫肌で目や口のの散らばり具合が不均衡で、教養がなく、鈍い女性よりは、健康的で教養があって、品のいい女性を好むでしょう?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47592
自殺を自然淘汰というのは確かに酷な言い方に聞こえるでしょう。
自殺は精神的な苦痛から、自ら命を絶つ行為ですから、これが自然淘汰というのも一般には理解し難いでしょう。
ですが、人類社会の生存競争の犠牲になって自殺を計る人もいるわけで、
間接的に自然淘汰の原理が働いているという主張も否定できません。
生物が進化するために宿命として持つ厳しい現実を直視したときに
世界の悲哀を感じるということでしょう。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=47621
>>生物が進化するために宿命として持つ厳しい現実を直視したときに
世界の悲哀を感じるということでしょう。
>残念ながら、全く意味不明な、言葉としか映りませんねえ?
生物進化は絶滅の危機に遭遇しつつ達成されてきたという事実があります。
ヒトも、ある時期、絶滅寸前までいったらしいです。
ウイルスに弱い人は淘汰され、子孫を残すこともなく、絶えていきました。
ヒト社会の中でも生存をかけた過酷な競争もありました。
現代社会とて、生命の試練の延長上にあるとみるべきでしょう。
地球規模での大変動が再来する可能性もあるでしょうし、それに備えるべく
ヒトという種や文明も絶えることのない進化の軌道を進んでいると考えます。
そのような過酷な現実だからこそ、喜びがあり、愛があるのです。
身近な話題で言えば、民主主義も多くの生命の犠牲の結果、獲得されてきました。
このように、世界は尊いものを与える代償として悲惨な犠牲を要求する一面を持つ。
世界の持つ悲哀とはそういう意味です。
これは メッセージ 54177 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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