椰子と罰 2
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2004/08/31 18:55 投稿番号: [52531 / 118550]
イラクの’khal’つまり酢も、デーツからできる・・・黒っぽい色をしていて鼻につーんとくる。オリーブ油と混ぜて生のきゅうりととまとのサラダにかけると、最高だ。イラクの’areg’、アルコール度がひじょうに高い飲物もデーツで作られる。夏、家々は、デーツの入ったバケツやトレーをやりとりする__ご近所や友人たちに自分のうちのデーツを味見してもらうのだ。まるで、こども自慢の親のように鼻高々で。
椰子はどこをとってもすべてお金を生み出す。葉は、乾燥させて、見事なベージュ色のバスケット、ほうき、マット、バッグ、帽子、壁掛け・・屋根にだって使われる。葉は、多くの場合、その根元にしっかりした木部があって、美しく繊細だけれど丈夫な家具を作るために使われる。ちょうど、極東の竹の椅子やテーブルのように。上質でないデーツとデーツの種は、牛、羊などの飼料にされる。種から、料理用の’デーツ・オイル’をとる種類もある。伐採されなければならなかった椰子の、木そのものは薪や建築用に使われる。
わたしの好きなデーツの種の使い方は・・・ビーズ。種はひとつひとつ手で磨かれて、真ん中に穴をあけられ、ネックレス、ベルト、数珠になる。完成品は、繊細とはいえないけれど、優美で、ぜったいふたつと同じかたちはない。
椰子は、多くの場合、柑橘類と並べて植えられる。これは、単に、見栄えとか土地の有効利用とかいった理由ではない。椰子はほかの木をはるかに越えてそびえたつ。だから、イラクの太陽の強さに耐えられない柑橘類の日よけとなるのだ。種類にもよるが、椰子の木の成長が止まるまでに、5ー10年かかる(いつまでも伸び続けるものもある)。実をつけるようになるまでには、5ー7年かかる。
椰子の最期は、厳粛に遇される。農民にとっては、すごい痛手で、その喪失は心身にこたえる。どの木もかけがえがなく、家族の一員同然なのだ・・・爆撃開始後数日の戦争の光景を思い出す__そのひとつ、わたしの心に焼きついているのは、縦まっぷたつに引き裂かれた椰子の木。風格ある葉はしおれ、垂れ下がって泥にまみれている。わたしは、死体を見たときと同じ痛みに襲われた。
歴史的に、椰子は、イラクとイラクの人々にとって、質実で禁欲的な精神の美しさの象徴であった。椰子は、どんなに困難な状況にあろうとも、生命と再生への希望を教えてくれている。果樹園の椰子は、かわることなくしっかりとそびえ立っている___暑さも政治抗争も戦争もしらぬげに__今日まで。
バグダードで知られた通りのひとつに、’shari3 il matter’、 ’空港通り’がある。呼び名は一つだが、実際は2本の道からなる。1本は、バグダード空港へ通じ、もう1本は、空港からバグダードへの道である。この道は、平凡でとくに何もない。だが、とても荘厳な美しさがあって、それは道の両わきと2本の道を隔てる中間帯に植えられた椰子のゆえである。空港からバグダードに向かう道筋、両側から椰子の木に包み込まれると、ああ、椰子の木3千万本の国のやってきたと感じるのだ。
(続く)
椰子はどこをとってもすべてお金を生み出す。葉は、乾燥させて、見事なベージュ色のバスケット、ほうき、マット、バッグ、帽子、壁掛け・・屋根にだって使われる。葉は、多くの場合、その根元にしっかりした木部があって、美しく繊細だけれど丈夫な家具を作るために使われる。ちょうど、極東の竹の椅子やテーブルのように。上質でないデーツとデーツの種は、牛、羊などの飼料にされる。種から、料理用の’デーツ・オイル’をとる種類もある。伐採されなければならなかった椰子の、木そのものは薪や建築用に使われる。
わたしの好きなデーツの種の使い方は・・・ビーズ。種はひとつひとつ手で磨かれて、真ん中に穴をあけられ、ネックレス、ベルト、数珠になる。完成品は、繊細とはいえないけれど、優美で、ぜったいふたつと同じかたちはない。
椰子は、多くの場合、柑橘類と並べて植えられる。これは、単に、見栄えとか土地の有効利用とかいった理由ではない。椰子はほかの木をはるかに越えてそびえたつ。だから、イラクの太陽の強さに耐えられない柑橘類の日よけとなるのだ。種類にもよるが、椰子の木の成長が止まるまでに、5ー10年かかる(いつまでも伸び続けるものもある)。実をつけるようになるまでには、5ー7年かかる。
椰子の最期は、厳粛に遇される。農民にとっては、すごい痛手で、その喪失は心身にこたえる。どの木もかけがえがなく、家族の一員同然なのだ・・・爆撃開始後数日の戦争の光景を思い出す__そのひとつ、わたしの心に焼きついているのは、縦まっぷたつに引き裂かれた椰子の木。風格ある葉はしおれ、垂れ下がって泥にまみれている。わたしは、死体を見たときと同じ痛みに襲われた。
歴史的に、椰子は、イラクとイラクの人々にとって、質実で禁欲的な精神の美しさの象徴であった。椰子は、どんなに困難な状況にあろうとも、生命と再生への希望を教えてくれている。果樹園の椰子は、かわることなくしっかりとそびえ立っている___暑さも政治抗争も戦争もしらぬげに__今日まで。
バグダードで知られた通りのひとつに、’shari3 il matter’、 ’空港通り’がある。呼び名は一つだが、実際は2本の道からなる。1本は、バグダード空港へ通じ、もう1本は、空港からバグダードへの道である。この道は、平凡でとくに何もない。だが、とても荘厳な美しさがあって、それは道の両わきと2本の道を隔てる中間帯に植えられた椰子のゆえである。空港からバグダードに向かう道筋、両側から椰子の木に包み込まれると、ああ、椰子の木3千万本の国のやってきたと感じるのだ。
(続く)
これは メッセージ 52530 (masajuly2001 さん)への返信です.
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