>もう寝ます。 生物学的見地から Ⅱ
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2004/07/26 06:54 投稿番号: [47650 / 118550]
>ところで、進化論の「進化」と言う言葉は「変化」にしたほうがぴったり来るというような議論があるということは知ってる?
時間が経過してたって、別によりよくもなっていないだろう?と言うことなんだけど・・・・。
ということは、猿から人間になっても進化ではなく、変化がピッタリくるというわけですな。
猿が喜びそうだ。(笑)
>>このように、世界は尊いものを与える代償として悲惨な犠牲を要求する一面を持つ。
>この「尊いもの」というのが進化して弱肉強食で生き残ってきた「強者」であり、「悲惨な犠牲」と言うのが「淘汰された人達」=「弱者」と言うことなの?
>・・・だからもう君は完全な差別者だと認定します。
君も洞察力がないね。読解力がないと言うべきかな。
「尊いもの」というのは、ここでは種の進化や民主主義であり、「悲惨な犠牲」というのは、人の生命が失われることでしょ。弱者だけではありません。
再掲
*********************************************************************
>>生物が進化するために宿命として持つ厳しい現実を直視したときに
世界の悲哀を感じるということでしょう。
>残念ながら、全く意味不明な、言葉としか映りませんねえ?
生物進化は絶滅の危機に遭遇しつつ達成されてきたという事実があります。
ヒトも、ある時期、絶滅寸前までいったらしいです。
ウイルスに弱い人は淘汰され、子孫を残すこともなく、絶えていきました。
ヒト社会の中でも生存をかけた過酷な競争もありました。
現代社会とて、生命の試練の延長上にあるとみるべきでしょう。
地球規模での大変動が再来する可能性もあるでしょうし、それに備えるべく
ヒトという種や文明も絶えることのない進化の軌道を進んでいると考えます。
そのような過酷な現実だからこそ、喜びがあり、愛があるのです。
身近な話題で言えば、民主主義も多くの生命の犠牲の結果、獲得されてきました。
このように、世界は尊いものを与える代償として悲惨な犠牲を要求する一面を持つ。
世界の持つ悲哀とはそういう意味です。
********************************************************************
これは メッセージ 47632 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/47650.html