対イラク武力行使

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kumeruoukokuさんへ その2

投稿者: grokworkdoll 投稿日時: 2004/06/26 02:28 投稿番号: [45201 / 118550]
(承前)
右翼と左翼みたいなもんで、どちらも究極までいけば区別はつかなくなるものですが、禅の境地と一神教(汎神論)という究極の精神文化の2極をまずはイメージしていただいて、これがどちらももともとは原始アニミズム、クメールさんのいわれる土着的なるものを母体とし生まれ展開されてきた精神文化の2極であることを考えてみますと、ではその中間にはどのようなグラデーションが描かれるかというと、多神論、魔術/呪術、世俗宗教つまり顕教に基づく社会道徳基盤、修験道などの実践密教、アニミズム、シャマニズム、原理主義といったものがあげられます。禅の極へと向かえば向かうほど無色透明となり、一神教の極へと向かうほどモノクロームのコントラストが強くなり、その中間には極彩色のグラデーションが渦巻いている、という感じでしょうか。

クメールさんのいわれる「土着的なるもの」とは、この極彩色のなかの、もっともプリミティブな、原色のスペクトル領域といえます。古代、様々な神々や精霊、魔物たちが行き交った時代の人々の精神は、あらゆる強烈な色彩で彩られていたでしょう。洗練され高度に組織化された現代社会では強烈すぎるほど、まばゆい輝きです。ポストモダンと呼ばれる状況認識は、禅の静謐からも超越神のコントラストからも遠ざかり、アクチュアルで混沌とした極彩色の多様性をこそ重視するもので、当然そこでは原始宗教、呪術、部族神話といったプリミティブな精神スペクトル、土着的なるものが復権していきます。クメールさんが指摘される、西洋文明、合理主義が広がる、あるいは成熟するにしたがって、そのカウンターとして土着的なるものの色彩が求められていくということは、非常に的を得ています。モダン、近代という枠に対するポストモダンであり、そのまなざしはやはり西洋文明という枠のなかでのバランス運動、といえるのですが、ポストモダンは非近代的なるもの、土着的なるものとの共闘が大きな鍵なのです。

(つづく)
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