>カルト天皇教について
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/03/13 08:42 投稿番号: [33896 / 118550]
assaraamaaleicomnjp さん、どうも。
実はヤマト史観の罪悪を過去に語りながら、天皇問題でそれを書くのを忘れるとは私もかなり耄碌してしまい情けない。まあそれに絡めて、さらに「フセイン天皇」や「金正日天皇」などを射程に入れながら、いずれ書きます。
>私は、天皇個人の存在としては、非難するつもりはありません。
天皇ヒロヒトの場合は数々の悪行がありますから容易に非難できるはずですが、困るのはアキヒトの場合でしょうか?それとも両方とも非難できない?
アキヒトは「存在悪」(無条件に偉い存在としていることのそれ自体の罪)として非難することも当然できますが、それに加えて、魚釣りなら興味のあるところのブルーギル、それを日本に最初にアメリカから持ち込んだのは彼だったと思いますよ。まあ日本の生態系破壊の魚ブラックバスやブルーギルは速やかに駆逐すべきですが、その時には当然アキヒトの不明も非難すべきでしょう。
▲口づけの話
以下、井田真木子『池田大作 欲望と被虐の中で』(佐高信・テリー伊藤『お笑い創価学会信じる者は救われない』光文社より)
また別の創価学園出身の二世はこういう。
「うぶな中学生だったら一発で憧れてしまうようなすごい美人の先生なんかがいるわけですよ。そういう先生が、顔面紅潮させて、今日は“池田先生”が学校に来て下さいました、みんなでお話を聞きにいきましょう、なんて言う。ぞろぞろ講堂に行くと、“先生”はそこでピンポンをしている。なんか変な光景だなと思いますよ。当然。でも、“先生”が一言、暑いなと言うと、クリームソーダがさっと出てきて、“先生”は半分ぐらいそれを飲むと、美人の先生にグラスをわたすわけ。そうすると、先生はそれを高々と掲げて、これが“先生”のお飲みになったクリームソーダですって叫んでさ、恭しく口をつけるわけ。で、そのあと、ソーダが僕ら全員にまわってくるの。僕は、その美人の先生が口つけたところはこのあたりだったっけ、なんて思いながら、チュッとか口をつけましたけどね」
***
私がこの話にとりわけ興味を引かれたのは、たぶん私の体験談にも絡むわけで・・・、そう、それは小学生の頃の音楽の時間、笛の授業で私のへたの演奏に呆れた美人教師が私の笛がまともな音がなるかを確かめようとして、たぶんそういうつもりでだと思うのですが、私の笛を吹いたわけですね。・・・問題が表面化したのは授業後で、私はそして教師は、まあ教室には教師は不在でしたが・・・、というわけで私ひとりが教室の中にいて女子生徒の囂々たる非難の嵐の中でいたたまれぬ時を過ごしたのでございます(笑)。
私の遭遇した事件と池田大作が演出する事件とは本質的には似ているのでしょうね。
池田大作には飲みかけんコップを信者に手渡し、信者の反応を確かめるというような魂胆もあるのだろうが、信者の立場からするとそれはどうか?まあ「恋する信者」なら喜んで有り難がってそれを飲むだろうけど・・・。
タモリとかが、女優などの対談で、女優などの飲みかけのコップを飲んでみせるというギャグは実に分かるのだが、人は(注:ここでは文化的差異は大きいと思うので、日本のたぶん一般的であろうという感覚・・・)、愛する異性あるいは同性であろうと、また片思いであろうと、対象の人の飲みかけのコップには、恍惚とまではいかないまでも、いやその場合も含めて喜々として口をつけるであろうと思われる。
ああ、こんなことは聞きたくもないが、やむを得ず聞くのだが・・・、朝さんは天皇アキヒトの飲みかけのコップを手渡されて飲めますか?(笑)
(続くかもしれない・・・)
実はヤマト史観の罪悪を過去に語りながら、天皇問題でそれを書くのを忘れるとは私もかなり耄碌してしまい情けない。まあそれに絡めて、さらに「フセイン天皇」や「金正日天皇」などを射程に入れながら、いずれ書きます。
>私は、天皇個人の存在としては、非難するつもりはありません。
天皇ヒロヒトの場合は数々の悪行がありますから容易に非難できるはずですが、困るのはアキヒトの場合でしょうか?それとも両方とも非難できない?
アキヒトは「存在悪」(無条件に偉い存在としていることのそれ自体の罪)として非難することも当然できますが、それに加えて、魚釣りなら興味のあるところのブルーギル、それを日本に最初にアメリカから持ち込んだのは彼だったと思いますよ。まあ日本の生態系破壊の魚ブラックバスやブルーギルは速やかに駆逐すべきですが、その時には当然アキヒトの不明も非難すべきでしょう。
▲口づけの話
以下、井田真木子『池田大作 欲望と被虐の中で』(佐高信・テリー伊藤『お笑い創価学会信じる者は救われない』光文社より)
また別の創価学園出身の二世はこういう。
「うぶな中学生だったら一発で憧れてしまうようなすごい美人の先生なんかがいるわけですよ。そういう先生が、顔面紅潮させて、今日は“池田先生”が学校に来て下さいました、みんなでお話を聞きにいきましょう、なんて言う。ぞろぞろ講堂に行くと、“先生”はそこでピンポンをしている。なんか変な光景だなと思いますよ。当然。でも、“先生”が一言、暑いなと言うと、クリームソーダがさっと出てきて、“先生”は半分ぐらいそれを飲むと、美人の先生にグラスをわたすわけ。そうすると、先生はそれを高々と掲げて、これが“先生”のお飲みになったクリームソーダですって叫んでさ、恭しく口をつけるわけ。で、そのあと、ソーダが僕ら全員にまわってくるの。僕は、その美人の先生が口つけたところはこのあたりだったっけ、なんて思いながら、チュッとか口をつけましたけどね」
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私がこの話にとりわけ興味を引かれたのは、たぶん私の体験談にも絡むわけで・・・、そう、それは小学生の頃の音楽の時間、笛の授業で私のへたの演奏に呆れた美人教師が私の笛がまともな音がなるかを確かめようとして、たぶんそういうつもりでだと思うのですが、私の笛を吹いたわけですね。・・・問題が表面化したのは授業後で、私はそして教師は、まあ教室には教師は不在でしたが・・・、というわけで私ひとりが教室の中にいて女子生徒の囂々たる非難の嵐の中でいたたまれぬ時を過ごしたのでございます(笑)。
私の遭遇した事件と池田大作が演出する事件とは本質的には似ているのでしょうね。
池田大作には飲みかけんコップを信者に手渡し、信者の反応を確かめるというような魂胆もあるのだろうが、信者の立場からするとそれはどうか?まあ「恋する信者」なら喜んで有り難がってそれを飲むだろうけど・・・。
タモリとかが、女優などの対談で、女優などの飲みかけのコップを飲んでみせるというギャグは実に分かるのだが、人は(注:ここでは文化的差異は大きいと思うので、日本のたぶん一般的であろうという感覚・・・)、愛する異性あるいは同性であろうと、また片思いであろうと、対象の人の飲みかけのコップには、恍惚とまではいかないまでも、いやその場合も含めて喜々として口をつけるであろうと思われる。
ああ、こんなことは聞きたくもないが、やむを得ず聞くのだが・・・、朝さんは天皇アキヒトの飲みかけのコップを手渡されて飲めますか?(笑)
(続くかもしれない・・・)
これは メッセージ 33864 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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