対イラク武力行使

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千家十職

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/01/22 15:47 投稿番号: [30749 / 118550]
私は茶の湯に詳しいわけでもありませんが、「千家十職」という言葉を御存知でしょうか?
これは、千宗旦という人がある程度確立した、主に茶道具を造るために作られた職業集団ですが、これらの方々が、「茶の湯文化」を支えているといっても過言ではないと思います。私達は、茶道といえば、お茶を飲む時の心構えや、作法のことに捕らわれがちですが、こういう茶道具を造りだす人達がいなければ、実はお茶さえ飲むことが出来ません。そして、こういう人達のだれ一人が欠けたとしても、多分、(それが良いことかどうかは別のこととして、)伝統的な茶道の様式は損なわれてしまうだろうと思います。

http://www.sengoku-expo.net/text/tea/J/C16.html

>これら十職は、正月・八朔をはじめ毎月定例の日に家元のところに集まって語りあうのをしきたりとするが、京都における諸芸盛行の歴史が、こうした伝統的な工芸品の生産によって裏づけられていたことを忘れてはならないのである。

先に書いた、蒔絵用の極細筆にも言えることですが、この筆を造るためだけでさえも、鼠を採る人や、皮をはいでなめす人や、筆として仕上げる人達が必要ですが、一つの形としての、例えば、「蒔絵箱」を造るとしたら、さらにもっと大人数の人達の力によって、伝統芸能が支えられているということに気がつくと思います。
ことは、アメリカの個人の愛の力でどうにかなるという問題では語ることが出来ないほどの広がりを持っているものです。
末端の筆の話でいうと、鼠を100匹捕って、皮を剥いて、なめして、それで何千円という作業をするのならば、この人達が、もっと合理的に考えて、同じ時間を使って、もっと裕福な生活ができるのであれば、誰もこれを止めることが出来なくなるのです。
つまり、最終的には、鼠を採る人がいなくなることで、漆工芸そのものが存亡の危機に晒されるということになりかねないわけです。それほど、究極の緻密な技術的伝承というものが、ここになされていることは、案外知られていないようですが、そういう側面もあるということを聞きました。

良く「アメリカに文化が無い」ということがいわれますが、これはある一面を証明しているわけで、このアメリカの基本となっている「合理性」には、実は無駄なものを育てるというコンセプトが存在していないのではないか?と思います。つまり、金を儲けてより裕福になるマニュアルの中には、文化とか、芸術というものが含まれる要素というか、余裕というか、すき間が無いんじゃないか?と思います。


私は、アメリカの文化そのものや、そのシステム全体を直ちに否定するというものではありませんが、それはもっと様々な可能性を育てる包容力を身に付けてから、外に向かって、「布教」すればいいことで、今のままの、余りにも不完全なものをプレゼンテーションして、力ずくで改宗させようという姿勢は、私達が将来的に世界のことを考えたときに、極めて危なっかしい現実しか、想像できないと、私は思っているのです。
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