歴史的必然・・・?
投稿者: assaraamaaleicomn 投稿日時: 2003/12/30 04:07 投稿番号: [29542 / 118550]
>実は欧米文化ですら人間の根源的な性質が生み出した結果で、人間が集まる地勢的な条件が整ってったので数百年早く経験しただけに過ぎない。彼らがやらなくても、数百年後には誰かがやっていた。人間の歴史を見ると変化を先取りした者=制服者は、変化の流れから取り残された者に影響を与え、彼らを変えてきた。
征服者が被征服者に対して何らかの優越的立場からの「影響」を与えているということには、同意します。
しかし「内容としてどういう影響であるか?」と言うことは、非常に重要な要素であり、特に、「核兵器」と言う、地球規模での「人類滅亡」までもを視野に入れなければならない状況下においては、継続する歴史的な流れの中では、「過去」と、これから(もう既に冷戦以前から始まっていましたが)の私達の「未来」はハッキリ一線を画さなくてはならないという意味で、「特異」であるべきだと思います。
つまり征服者の一挙手一投足が、ほぼ無関係な共同体に対しても、不可抗力的に影響を与えてしまうという予測が立つわけですから、より精緻な「影響」を期待したとしても、全く不自然でも、不当でも無いと思います。
>文化を形成した人々の根源的な行動原理は「精神的な自由」であって、宗教は単に自由すぎることよって生まれる腐敗や堕落、共食いに対して自制を掛ける人間の本能に組み込まれた1つの仕掛けの発露であるといってよい。
こういう文脈は、主にバルカン半島以西のキリスト教の発展についてはぴったり当てはまるような気がしますが、この意見が、では全世界の宗教に対して普遍性を持つものであるかどうか?については、今のところ私には解りません。
勿論、「精神的な自由」とか「精神的な開放」の為の道具としてのイデオロギーの役目に関しては全く同意します。
>食料が枯渇し始めたとき、食物が豊富にある地域に人が移動し食料を求めることと同様、石油とゆうエネルギー食料を求める人々は非難できない。人間の生存本能に根ざしたものであるから
少し変です。
食物を食べているところに、横からやって来て、いきなり奪い取って、「これは人間の生存本能に根差したものであるから」彼らは飢えているのだから非難できないし、許されるとすることには同意できません。
ここに、「秩序」と言うものをあくまで優先させるべきだとするところに、正当性が生まれるのではないでしょうか?無秩序の暴力性を容認すると、更なる混乱を生産し続けることにまだ人類は気がついていないのでしょうか?
・・・今回の争いは、そのどちらの「秩序」が正当性を持っているか?と言うものですから、ある程度の客観性があれば、容易に判断がつくことではないでしょうか?問題をややこしくしているのは、その一方が、圧倒的な武力を持っているということです。
>結局は、いまイラクで起こっていることは、富める者と貧しき者の戦いでなく、変化を経験してきたものと、変化のなかった、変化する必要のなかった者との戦い。ちょっと長い目で見ると。
私はこの地方の人達は、もう少し「成熟」していると考えているんですけれど、どうなんでしょうか?前にも書きましたが、彼らは、極端に「物欲」に対して淡泊です。あればあるで非常に贅沢をしますが、それが無くなったからといって、執着しないで、あとはサッサとあきらめてまた元の遊牧生活に簡単に戻ることが出来ます。
「変化する必要のなかった者」ではなくて、「変化を好まなかった者」というほうが近いと感じています。
>だからと言って、歴史をないがしろにせよと言うのではありません。むしろ、変化しつづける世界にいるからこそ、はやく気が付いて歴史的遺産を保存すべきと思います。
貴方のご意見の全般に流れるものは、「長いものにまかれるのはしょうがない歴史的必然だ」と書かれているように読めますが、そうなんでしょうか?
征服者が被征服者に対して何らかの優越的立場からの「影響」を与えているということには、同意します。
しかし「内容としてどういう影響であるか?」と言うことは、非常に重要な要素であり、特に、「核兵器」と言う、地球規模での「人類滅亡」までもを視野に入れなければならない状況下においては、継続する歴史的な流れの中では、「過去」と、これから(もう既に冷戦以前から始まっていましたが)の私達の「未来」はハッキリ一線を画さなくてはならないという意味で、「特異」であるべきだと思います。
つまり征服者の一挙手一投足が、ほぼ無関係な共同体に対しても、不可抗力的に影響を与えてしまうという予測が立つわけですから、より精緻な「影響」を期待したとしても、全く不自然でも、不当でも無いと思います。
>文化を形成した人々の根源的な行動原理は「精神的な自由」であって、宗教は単に自由すぎることよって生まれる腐敗や堕落、共食いに対して自制を掛ける人間の本能に組み込まれた1つの仕掛けの発露であるといってよい。
こういう文脈は、主にバルカン半島以西のキリスト教の発展についてはぴったり当てはまるような気がしますが、この意見が、では全世界の宗教に対して普遍性を持つものであるかどうか?については、今のところ私には解りません。
勿論、「精神的な自由」とか「精神的な開放」の為の道具としてのイデオロギーの役目に関しては全く同意します。
>食料が枯渇し始めたとき、食物が豊富にある地域に人が移動し食料を求めることと同様、石油とゆうエネルギー食料を求める人々は非難できない。人間の生存本能に根ざしたものであるから
少し変です。
食物を食べているところに、横からやって来て、いきなり奪い取って、「これは人間の生存本能に根差したものであるから」彼らは飢えているのだから非難できないし、許されるとすることには同意できません。
ここに、「秩序」と言うものをあくまで優先させるべきだとするところに、正当性が生まれるのではないでしょうか?無秩序の暴力性を容認すると、更なる混乱を生産し続けることにまだ人類は気がついていないのでしょうか?
・・・今回の争いは、そのどちらの「秩序」が正当性を持っているか?と言うものですから、ある程度の客観性があれば、容易に判断がつくことではないでしょうか?問題をややこしくしているのは、その一方が、圧倒的な武力を持っているということです。
>結局は、いまイラクで起こっていることは、富める者と貧しき者の戦いでなく、変化を経験してきたものと、変化のなかった、変化する必要のなかった者との戦い。ちょっと長い目で見ると。
私はこの地方の人達は、もう少し「成熟」していると考えているんですけれど、どうなんでしょうか?前にも書きましたが、彼らは、極端に「物欲」に対して淡泊です。あればあるで非常に贅沢をしますが、それが無くなったからといって、執着しないで、あとはサッサとあきらめてまた元の遊牧生活に簡単に戻ることが出来ます。
「変化する必要のなかった者」ではなくて、「変化を好まなかった者」というほうが近いと感じています。
>だからと言って、歴史をないがしろにせよと言うのではありません。むしろ、変化しつづける世界にいるからこそ、はやく気が付いて歴史的遺産を保存すべきと思います。
貴方のご意見の全般に流れるものは、「長いものにまかれるのはしょうがない歴史的必然だ」と書かれているように読めますが、そうなんでしょうか?
これは メッセージ 29531 (baka_terorist さん)への返信です.
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