フセインと米国は同罪の共犯者
投稿者: bin5ban5 投稿日時: 2003/07/02 00:10 投稿番号: [26714 / 118550]
> アメリカがフセイン政権を確立させた
--
>イラン・イラク戦争時は、イランの方がアメリカにとって脅威だったので、イラクを支持した。イ・イ戦争後、イラクが隣国クゥエイトを侵略した。クゥエイト解放のため、湾岸戦争が行なわれた。今回のイラク戦争を湾岸戦争の続きだとみれば、戦争を招いたのはフセインだとも言えますよね。とにかく、全てアメリカの責任だとは言い難いのでは?
「アメリカにとって脅威だったので、イラクを支持した」というのは、まさにアメリカのご都合主義です。また、アメリカが世界最大の経済大国、軍事大国で国際情勢に巨大な影響力を持っている事実も思い起こすべきです。イラン・イラク戦争でアメリカがフセイン政権を支援していなければ、無謀な政策でイラク経済を疲弊させたサダム・フセインは失脚していたか、あるいは、たとえ失脚しなかったとしてもクウェート侵攻を実行に移せるような権力を失っていたはずです。いずれにしても、イラクによるクウェート侵攻は起こらなかったでしょう。
というか、平然とクルド人を虐殺したり化学兵器を使用したりする人物を後押ししたアメリカの対イラク政策は失敗するべくして失敗したのであり、イラクがイランを侵略した事実を考えれば、本来なら、イラン・イラク戦争時にイランではなくイラクに対して経済制裁を実施するべきだったのです。
それに、イラン・イスラム革命は実際には「アメリカにとって脅威だった」のではなく、湾岸諸国の王族にとって脅威だったのですから、王族に生まれたというだけで国を支配し贅沢三昧している連中を安心させるために、フセイン政権を支援したことになります。これって、けっこうとんでもない話だと思いますよ。
そもそも、イランで反米勢力が国民の支持を得てイスラム革命を成功させたのは、イラン国民の高い支持を得ていたモサデク政権をCIAがクーデターで打倒し、パーレビ国王による専制支配をアメリカが押し付けてきたからです。元々、イランは、親米的で、イスラム諸国の中では初めてイスラエルと国交を結んだ国でした。しかも、アメリカ大使館占領事件でも死者が出た訳ではないのですから、アメリカがイスラム革命に対して冷静かつ寛容に対処していれば、両国間の反目がこじれることはなかったでしょう。
現在も、イランのハタミ大統領はアメリカとの関係修復に前向きな姿勢を持っています。アメリカ側がこれに呼応してイランとの関係を正常化させ、イランの経済発展が促進されれば、現在では国民から支持されていない守旧派の勢力は自然に消滅し、イランの完全な民主化はイラン国民自身の手で達成できるでしょう。
イラクとイランに関しては、アメリカの不当な介入よって問題が引き起こされたのですから、「全て」ではないにしても、主たる責任はアメリカにあります。まあ、歴史的な経緯を見れば、旧宗主国のイギリスにも関係があるし、ソ連との冷戦が過剰反応に繋がったと思えるところもあって、責任はあるとしても、いちがいにアメリカが悪かったとは断定できません。サダム・フセインにはイランにも、クウェートにも侵攻しないという選択肢があったかもしれません。ですから、「全てアメリカの責任」というよりも、アメリカが状況認識を誤ったか、利権獲得に欲の皮をつっぱらせ過ぎたか、その両方なのか理由は分かりませんが、対イラク、対イランの外交政策を決定的に誤り、その後も、修正する努力を怠ってきたことによって、問題が大きくなってしまったのでしょう。
もちろん、アメリカが責任を負うべき問題は過去の中東政策だけではありません。イラク戦争にしても、戦後のイラク統治にしても、ブッシュ政権の善意を素直に信じるのではなく、アメリカが実際にどんな政策を採用し、イラクでどんな結果が現われているのかを見なければ、その是非を判断することはできません。
「アメリカにとって脅威だったので、イラクを支持した」というのは、まさにアメリカのご都合主義です。また、アメリカが世界最大の経済大国、軍事大国で国際情勢に巨大な影響力を持っている事実も思い起こすべきです。イラン・イラク戦争でアメリカがフセイン政権を支援していなければ、無謀な政策でイラク経済を疲弊させたサダム・フセインは失脚していたか、あるいは、たとえ失脚しなかったとしてもクウェート侵攻を実行に移せるような権力を失っていたはずです。いずれにしても、イラクによるクウェート侵攻は起こらなかったでしょう。
というか、平然とクルド人を虐殺したり化学兵器を使用したりする人物を後押ししたアメリカの対イラク政策は失敗するべくして失敗したのであり、イラクがイランを侵略した事実を考えれば、本来なら、イラン・イラク戦争時にイランではなくイラクに対して経済制裁を実施するべきだったのです。
それに、イラン・イスラム革命は実際には「アメリカにとって脅威だった」のではなく、湾岸諸国の王族にとって脅威だったのですから、王族に生まれたというだけで国を支配し贅沢三昧している連中を安心させるために、フセイン政権を支援したことになります。これって、けっこうとんでもない話だと思いますよ。
そもそも、イランで反米勢力が国民の支持を得てイスラム革命を成功させたのは、イラン国民の高い支持を得ていたモサデク政権をCIAがクーデターで打倒し、パーレビ国王による専制支配をアメリカが押し付けてきたからです。元々、イランは、親米的で、イスラム諸国の中では初めてイスラエルと国交を結んだ国でした。しかも、アメリカ大使館占領事件でも死者が出た訳ではないのですから、アメリカがイスラム革命に対して冷静かつ寛容に対処していれば、両国間の反目がこじれることはなかったでしょう。
現在も、イランのハタミ大統領はアメリカとの関係修復に前向きな姿勢を持っています。アメリカ側がこれに呼応してイランとの関係を正常化させ、イランの経済発展が促進されれば、現在では国民から支持されていない守旧派の勢力は自然に消滅し、イランの完全な民主化はイラン国民自身の手で達成できるでしょう。
イラクとイランに関しては、アメリカの不当な介入よって問題が引き起こされたのですから、「全て」ではないにしても、主たる責任はアメリカにあります。まあ、歴史的な経緯を見れば、旧宗主国のイギリスにも関係があるし、ソ連との冷戦が過剰反応に繋がったと思えるところもあって、責任はあるとしても、いちがいにアメリカが悪かったとは断定できません。サダム・フセインにはイランにも、クウェートにも侵攻しないという選択肢があったかもしれません。ですから、「全てアメリカの責任」というよりも、アメリカが状況認識を誤ったか、利権獲得に欲の皮をつっぱらせ過ぎたか、その両方なのか理由は分かりませんが、対イラク、対イランの外交政策を決定的に誤り、その後も、修正する努力を怠ってきたことによって、問題が大きくなってしまったのでしょう。
もちろん、アメリカが責任を負うべき問題は過去の中東政策だけではありません。イラク戦争にしても、戦後のイラク統治にしても、ブッシュ政権の善意を素直に信じるのではなく、アメリカが実際にどんな政策を採用し、イラクでどんな結果が現われているのかを見なければ、その是非を判断することはできません。
これは メッセージ 26702 (tet010101 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/26714.html