>>>kusukusuさんへ
投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/06 02:00 投稿番号: [26177 / 118550]
>話はずれますが、ヨーロッパ、特に北欧などではごみの細かい分別を個人レベルで徹底してますよね。みんな、特に不便も感じず「当然のことでしょ?」と実行している。
問題への関心が個人の生活レベルにまで継続的に根を下ろしている良い例だと思います。これは、なにがそうさせているのでしょうね・・・?教育でしょうか。文化でしょうか。
消費者意識の成熟みたいなことがあるのでしょうか?
労働者の権利とか、消費者の権利とかを追求してきたことがうまく反映されているものかもしれません。
市場というのが効率のよい経済システムであることはたしかなのでしょうが、自由経済システム万能で、とことん利益を追求しようということなら、労働者はひどく働かせられて、残業、残業で過労死するみたいな話になってしまいます。
働かなければ生きていけないから働いてるのに、働き過ぎてそのために死ぬのでは本末転倒。
やはり最低限の人権の保障の上で労働をするべきで、だから1日8時間とか、働く時間がきちんと制限される。
自由経済システムでも最低限の人権を守る体制の整備は必要かと思います。
環境問題についても、これは消費者の身の安全に迫る問題にまで事態は至ってきているわけだから、この環境問題への対応の部分で計画経済を導入するという私が前に書いた提案がいいかどうかはともかく、消費者(というのは同時に生産者、労働者であるが)自体が積極的、主体的に関わることで、深刻化する環境問題への対処を含めた経済システムを再編することをシステムとして作って行くのがいいのかもしれません。
つまり、仮にある国の政府の側が環境問題へ対応した経済システムを計画した場合に、その計画性の意図を国民(消費者=生産者=労働者)に説明し情報開示するとともに、国民(消費者=生産者=労働者)の側がその政府の提出した案を吟味して問題があると思われる点は指摘して案を是正していくみたいな民主的なシステムも必要かもしれません。
これは メッセージ 26155 (joint200002 さん)への返信です.
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