kusukusu552000さんへ(25563_2)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2003/04/22 23:17 投稿番号: [25637 / 118550]
>>えっと、たしかに、最初の3年は、相場特有のゆり戻しによるものですが、その後の影響は全く違い違います。
>その後の影響は違うというのはどういうことでしょうか?
私はバブルの時はまだ日本国内にも蓄積された余力があったし、アメリカにも頼れる部分があったので、まだ決定的な崩壊ではなかったのかなと思ったのですが。
どうしましょう。説明、大変ですよ。そうですね〜。資産効果ってご存知ですか?資産の価格が上がると、需要も上がるってやつですけど。もちろん、その逆もありですね。バブルの崩壊はその資産効果の逆、つまり、逆資産効果が経済への影響が大きかったんです。1986年くらいから、株式と土地が、大幅に値上がりしました。このおかげで、株や土地で含み益を得た人が、消費を始めたんですよ。その消費が、普通にあった消費の上乗せとしてぐるぐる回って、日本は、未曾有の好景気になりました。ところがですね。日銀の公定歩合が度重なって引き上げられると、景気の減速を相場が予測して、土地も株も下がってきます。こうなると、今度は、土地や株を持っている人は、含み損を持ちはじめます。すると、消費が落ちてしまうわけですね。こうした人の消費が落ちると、市中をぐるぐる回っているお金の動きも鈍ってきて、景気が減速するわけなのですが、一方で、相場というものは、大きく短期間に上がると、大きく下がることが良くあるのですよ。バブルの崩壊もその前に、大きく上げましたので、いつもなら、単なる景気の減速で終わるはずが、逆資産効果が大きく、大きな景気後退となってしまいました。これが、1992年〜1993年頃までの日本の現状です。
で、問題なのはその後です。1995年頃ですが、お隣の国で、「豊かになれるものから豊かになれ」っていうことになったんですよ。そのための、制度上の改革もされたようですね。そして、社会主義市場経済という実験が始まってしまったわけです。賃金水準が安く教育水準も高い中国に目をつけた日本企業は、それ以後、大挙して、中国へ工場を建設するようになって行きました。もっとも、最初は、中国という市場を目的としていたんでしょうけど、途中で目的が変わってしまいました。おかげで、日本人には、仕事がその分少なくなりました。ここで、雇用者の所得減少による需要減が起きますよね。その上、工場が移りましたので、日本では、遊休地が増加して土地の市場への供給圧力が増大して、不良債権はでっかくなるし、設備投資の減少も当然ありますし、さらには、土地担保主義をとっていた銀行の貸しはがしまで起きて、お金が市中で回らなくなったんですよ。こうして、未曾有の需要減少になりました。今、言われているデフレスパイラルっていうのがこれですね。ですから、1993年頃までの状況と1995年からの不況とは、同じように不況でもその構造が全く違うんですよ。
つまり、そんなことが起きることも想定して、消費者重視なんてことをバブル時にやらずに、それこそ、企業の研究投資や、国家をあげて新規産業の発掘に努めるべきだったんですね。収入を上げると言う意味で、生活重視で行くべきだったんですよね。本当は、1990年にベルリンの壁が崩壊した時に、その分析をしなくてはいけなかったんです。これができなかったのは、情報省という専門に世界情勢を分析する機関がなかったからですよ。ところが、もう、それは時すでに遅しです。今は、一見して豊かのようには見えますが、貯金で食っている状態にあるわけです。貯金ももうすぐなくなりますよ。今のままなら、もう、仕事はないと思った方がいいですよ。ですから、日本企業の本社が日本に多く存在するうちに、少なくとも、新しい産業ができるまでは、繋ぎに、中国からの製品輸入の制限は、有効であると考えます。
>その後の影響は違うというのはどういうことでしょうか?
私はバブルの時はまだ日本国内にも蓄積された余力があったし、アメリカにも頼れる部分があったので、まだ決定的な崩壊ではなかったのかなと思ったのですが。
どうしましょう。説明、大変ですよ。そうですね〜。資産効果ってご存知ですか?資産の価格が上がると、需要も上がるってやつですけど。もちろん、その逆もありですね。バブルの崩壊はその資産効果の逆、つまり、逆資産効果が経済への影響が大きかったんです。1986年くらいから、株式と土地が、大幅に値上がりしました。このおかげで、株や土地で含み益を得た人が、消費を始めたんですよ。その消費が、普通にあった消費の上乗せとしてぐるぐる回って、日本は、未曾有の好景気になりました。ところがですね。日銀の公定歩合が度重なって引き上げられると、景気の減速を相場が予測して、土地も株も下がってきます。こうなると、今度は、土地や株を持っている人は、含み損を持ちはじめます。すると、消費が落ちてしまうわけですね。こうした人の消費が落ちると、市中をぐるぐる回っているお金の動きも鈍ってきて、景気が減速するわけなのですが、一方で、相場というものは、大きく短期間に上がると、大きく下がることが良くあるのですよ。バブルの崩壊もその前に、大きく上げましたので、いつもなら、単なる景気の減速で終わるはずが、逆資産効果が大きく、大きな景気後退となってしまいました。これが、1992年〜1993年頃までの日本の現状です。
で、問題なのはその後です。1995年頃ですが、お隣の国で、「豊かになれるものから豊かになれ」っていうことになったんですよ。そのための、制度上の改革もされたようですね。そして、社会主義市場経済という実験が始まってしまったわけです。賃金水準が安く教育水準も高い中国に目をつけた日本企業は、それ以後、大挙して、中国へ工場を建設するようになって行きました。もっとも、最初は、中国という市場を目的としていたんでしょうけど、途中で目的が変わってしまいました。おかげで、日本人には、仕事がその分少なくなりました。ここで、雇用者の所得減少による需要減が起きますよね。その上、工場が移りましたので、日本では、遊休地が増加して土地の市場への供給圧力が増大して、不良債権はでっかくなるし、設備投資の減少も当然ありますし、さらには、土地担保主義をとっていた銀行の貸しはがしまで起きて、お金が市中で回らなくなったんですよ。こうして、未曾有の需要減少になりました。今、言われているデフレスパイラルっていうのがこれですね。ですから、1993年頃までの状況と1995年からの不況とは、同じように不況でもその構造が全く違うんですよ。
つまり、そんなことが起きることも想定して、消費者重視なんてことをバブル時にやらずに、それこそ、企業の研究投資や、国家をあげて新規産業の発掘に努めるべきだったんですね。収入を上げると言う意味で、生活重視で行くべきだったんですよね。本当は、1990年にベルリンの壁が崩壊した時に、その分析をしなくてはいけなかったんです。これができなかったのは、情報省という専門に世界情勢を分析する機関がなかったからですよ。ところが、もう、それは時すでに遅しです。今は、一見して豊かのようには見えますが、貯金で食っている状態にあるわけです。貯金ももうすぐなくなりますよ。今のままなら、もう、仕事はないと思った方がいいですよ。ですから、日本企業の本社が日本に多く存在するうちに、少なくとも、新しい産業ができるまでは、繋ぎに、中国からの製品輸入の制限は、有効であると考えます。
これは メッセージ 25563 (kusukusu552000 さん)への返信です.
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