>扇動は占領軍のほうが疑わしい(2)
投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/04/17 10:58 投稿番号: [25182 / 118550]
翌朝、略奪の波は、400メートル向こうにある現代美術館にまで広がっていきました。
そこでもまた2種類の群衆がいました。略奪にせいをだす人と、それをむかつきながら見物する人々です」
「バヨミさん、ではあなたは、アメリカ軍部隊が略奪の口火を切ったと言うのですね?」
「まったくそのとおりです。喜びにあふれたバグダッド市民が路上でお祝いする場面が見つからないものだから、米軍にとっては別な形で、市民がサダムを憎んでいたという証拠の映像を流す必要があったのです」
「でもバヨミさん、バグダッド市民は、サダムの大きな銅像を引き倒したじゃあないですか?」
「あれを、本当にバグダッド市民が自発的にやったと思っているんですか?銅像を引き倒したのはアメリカ軍の戦車です。それも、報道陣が宿泊しているホテルのすぐ側でです。
あの銅像引き倒しがあったのは、4月9日なのですが、それまで私は誰一人としてサダムの肖像を壊しているのを見たことがありません。もし人々がサダムの銅像を引き倒したいのなら、米軍戦車の助けなんか借りないで簡単に倒せる小さなやつから始めるわけじゃあないですか。
もしバグダッド市民が政治的な暴動を起こしたかったのなら、まずは銅像を引き倒して、その後に略奪が始まったはずです」
「でもまあ、サダムがいなくなって、よかったじゃあないですか?」
「サダムは消えてはいませんよ。彼は自分の軍隊を、ごく小さな部隊に小分けしたのです。
だから、大きな戦闘が起こらなかったわけです。公式発表では、サダムは1992年にすでに大部隊を解散させています。彼はそれに並行して、イラクでは圧倒的な決定権を有する部 族機構を再編しました。
アメリカがこの侵略戦争を始めたとき、サダムは国家組織を完全に放棄しました。そして今は、部族機構に頼っているのです。だから、彼は戦わずして大都市を捨てたわけです。
イラクを統治する政治組織が壊滅した今となっては、アメリカはすべてを自分たちでやらざるをえなくなっています。国外から送られてきたイラク人の二人は、あっというまに殺されました。
(二人とは、デンマークから帰国したナザル・アル・カズラジ将軍と、シテ回教徒指導者の アブドル・マジド・アルコエイ師を意味する)
彼らはアメリカの傀儡として送り込まれたとみなされ、激怒したナジャフの群衆によりナ イフと刀でずたずたに切り裂かれてしまいました。
オランダの新聞、BT紙によると、アル・カズラジ将軍はCIAによりデンマークからイ ラクに送られたそうです。
イラクでは今、いつまで居座るか分からない占領軍が駐留しています。米軍は民主選挙の
期日も、市政統治計画もまだ発表してはいません。こんな状態では、想像できないくらいの混乱が起こる恐れがあるのです」 (翻訳・パンタ笛吹)
(このインタビューは、ストックホルムに本拠を置くスウェーデン最大の新聞、ダゲン・ ニエター紙4月11日版に掲載されたものである。この記事はオリー・ローゼンボーグ により書かれ、ジョー・バラセックにより英訳された。
カリード・バヨミは、ランド大学で10年間、中近東問題について研究し教鞭をとった。彼はこのインタビューを広範に広めることを許可している)
そこでもまた2種類の群衆がいました。略奪にせいをだす人と、それをむかつきながら見物する人々です」
「バヨミさん、ではあなたは、アメリカ軍部隊が略奪の口火を切ったと言うのですね?」
「まったくそのとおりです。喜びにあふれたバグダッド市民が路上でお祝いする場面が見つからないものだから、米軍にとっては別な形で、市民がサダムを憎んでいたという証拠の映像を流す必要があったのです」
「でもバヨミさん、バグダッド市民は、サダムの大きな銅像を引き倒したじゃあないですか?」
「あれを、本当にバグダッド市民が自発的にやったと思っているんですか?銅像を引き倒したのはアメリカ軍の戦車です。それも、報道陣が宿泊しているホテルのすぐ側でです。
あの銅像引き倒しがあったのは、4月9日なのですが、それまで私は誰一人としてサダムの肖像を壊しているのを見たことがありません。もし人々がサダムの銅像を引き倒したいのなら、米軍戦車の助けなんか借りないで簡単に倒せる小さなやつから始めるわけじゃあないですか。
もしバグダッド市民が政治的な暴動を起こしたかったのなら、まずは銅像を引き倒して、その後に略奪が始まったはずです」
「でもまあ、サダムがいなくなって、よかったじゃあないですか?」
「サダムは消えてはいませんよ。彼は自分の軍隊を、ごく小さな部隊に小分けしたのです。
だから、大きな戦闘が起こらなかったわけです。公式発表では、サダムは1992年にすでに大部隊を解散させています。彼はそれに並行して、イラクでは圧倒的な決定権を有する部 族機構を再編しました。
アメリカがこの侵略戦争を始めたとき、サダムは国家組織を完全に放棄しました。そして今は、部族機構に頼っているのです。だから、彼は戦わずして大都市を捨てたわけです。
イラクを統治する政治組織が壊滅した今となっては、アメリカはすべてを自分たちでやらざるをえなくなっています。国外から送られてきたイラク人の二人は、あっというまに殺されました。
(二人とは、デンマークから帰国したナザル・アル・カズラジ将軍と、シテ回教徒指導者の アブドル・マジド・アルコエイ師を意味する)
彼らはアメリカの傀儡として送り込まれたとみなされ、激怒したナジャフの群衆によりナ イフと刀でずたずたに切り裂かれてしまいました。
オランダの新聞、BT紙によると、アル・カズラジ将軍はCIAによりデンマークからイ ラクに送られたそうです。
イラクでは今、いつまで居座るか分からない占領軍が駐留しています。米軍は民主選挙の
期日も、市政統治計画もまだ発表してはいません。こんな状態では、想像できないくらいの混乱が起こる恐れがあるのです」 (翻訳・パンタ笛吹)
(このインタビューは、ストックホルムに本拠を置くスウェーデン最大の新聞、ダゲン・ ニエター紙4月11日版に掲載されたものである。この記事はオリー・ローゼンボーグ により書かれ、ジョー・バラセックにより英訳された。
カリード・バヨミは、ランド大学で10年間、中近東問題について研究し教鞭をとった。彼はこのインタビューを広範に広めることを許可している)
これは メッセージ 25181 (kusukusu552000 さん)への返信です.
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