対イラク武力行使

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>扇動は占領軍のほうが疑わしい(1)

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/04/17 10:57 投稿番号: [25181 / 118550]
こういう証言もあるようですが。

バグダッド略奪は、米軍が引き起こした
        オリー・ローゼンボーグ
            4月11日、ダゲン・ニエター紙(スウェーデン)

  カリード・バヨミは、アメリカ軍指揮官が、「我々にはバグダッドの略奪を阻止する手だてがなくて困っている」とテレビで不平をもらすのを見てびっくりした。
  「私は、米軍部隊がイラク人たちに略奪に走るよう仕向けている現場に、たまたま居合わせたのです」
カリード・バヨミは「人間の盾」になるため、ヨーロッパからバグダッドに向かい、現地に到着したその日に戦争が始まった。彼は戦争体験だけでも多くの証言ができるが、最も興 味深いのは、略奪勃発現場での目撃体験についてだろう。
「私は、チグリス川西岸ハイファ大通りのちょっと向こうの貧民街近くにある友人に会いに行っていました。それは4月8日のことで、戦闘があまりにも激しくなり、川向こうに戻れなくなりました。
午後になると戦闘が止んでまったく静かになり、そこへ4台のアメリカ軍戦車が貧民街の境に移動しました。米兵はハイファ大通りの向こう側にある自治体行政府ビルの門前に立っていたスーダン人警備員二人を撃ち殺し、行政府ビルの扉を粉々に破壊しました。
その後、戦車の中から貧民街に隠れている人々に向かって、アラビア語で、近くまで来るように熱心に誘う声が聞こえてきたのです。
午前中いっぱいは、大通りを横切ろうとする者は誰でもみな撃ち殺されていたのに、米軍の通訳は、今度は近くに寄るように誘うのです。銃撃戦も終わり、何とも言いようのない静けさがしばらく続きましたが、家々に隠れている人々はその誘いに、徐々に好奇心を持ち始めたのでしょう。
45分後には、最初のバグダッド市民が思いきって家から出てきました。すると、戦車に乗っているアラビア語通訳は、近くに寄ってきた市民たちに、行政府ビルの中に入っていって、何でも好きな物を手当たり次第に持ち出してもいいぞと奨励したのです。
この指図はあっというまに広まり、ビルの中のすべての物が奪い去られました。
警備員が米兵に撃ち殺されたとき、私はその300メートル側に立っていたので、状況をはっきりと目撃できました。その後、米戦車は近くにある法務省ビルの入口を破壊し、そこでもまた略奪が引き続きおこなわれたのです。
  私は大勢の見物人たちの中に立ち、この略奪劇を一緒に見ました。見物していた群衆は、 略奪には参加しなかったけれど、それを止めようともしませんでした。多くの人々の目には、恥の涙があふれていました。
(続く)
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