>>>>>論理的な平和主義者の方に(1)
投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/04/11 14:08 投稿番号: [24001 / 118550]
レス、有難うございます。
>日本という国が平和でいられた理由として
?四方を海で囲まれた島国(他民族の流入を地理的に防いでいる)
?日本にもいろんな宗教があるが、政教分離の政治が行なわれているので、紛争の火種にはなりにくい。
?国民の生活の貧富の格差、都市・地方における貧富の格差というものが比較的小さい。
そうですね。単一民族であると同時に、こうした面があると思います。日本はいい条件が揃っているのかも。
以下、またまとまらないですが、ざっくばらんに書かせて頂くと。
冷戦後、内紛とかテロとかが頻発している。ちょこちょこした暴力があちこちで起きている。
いわゆるアメリカ一国主義、アメリカが世界の警察をやるという体制だと、うまくそれが進めば、アメリカに反抗する国はこの先、だんだんなくなっていくかもしれない。
しかし、アメリカが世界のすみすみまで警察として管理することは無理ですから、極地的な暴力は頻発する。アメリカには対抗しないけど、その目が及ばない、隣近所の社会で、力で優位に立とうという暴力が頻発する。
今だったら、アメリカが中東に追われているをしている影で、こっちには目が及ばないからとアフリカで虐殺などが起きる。世界警察は無視して動かない、こっちには何も及ばないだろうという思ってやっている気がする。そのように局地的な暴力が頻発する社会になっていくのはふせげないのではないか?テロはますます頻発するのではないか?
日本はそういう内紛とは今のところ、無縁でいられると思う。(ただし、たとえば外国人労働者に対する差別とか、家庭内暴力は増えているような気もする。)
アメリカ一国主義はたしかにひとつの選択ではあって、国同士の戦争はもしかしたら減らしていけるし、アメリカ対イスラム(のあくまでも一部の勢力)の構図の戦争は、最終戦争まで行くのは回避できるのではないか?という期待はもてる。アメリカに対するテロは起きるかもしれないが、局地的なもので、アメリカ国家自体を決定的に破壊するようなテロはよほどの大量破壊兵器を使わないと無理だろう。だから、まず大量破壊兵器がテロリストにわたるのをふせぐ。小さい規模のテロなら「事件」程度で戦争ではないということになる。
そう考えるとたしかにアメリカのやり方にもひとつの理はあるかもしれない。
アフガンやイラクで犠牲者が出ても仕方がないということになる。(悲しい現実)
悲しい話だが、西洋社会は自分達の市民社会を守るためにはアフガンやイラクの人達が亡くなるのは仕方がないという選択をしていると言える。
しかし、アメリカのやり方を人々が見て、物事は暴力で支配するのだみたいな意識がすみずみまで浸透していく社会にならないかという不安がある。つまり、国同士の戦争は少なくしていけても、極地的な紛争とか暴力とかはあちこちで起き増えていくというそういう時代にならないだろうか?と。
モデルとしては民主主義を世界に広めて「世界市民社会」みたいなものを築くという方向に進むのでいいのですが、多民族多文化の世界をどうやってそこに至らせるのか?
そのためには民族同士が互いの文化の相互理解を深め、世界標準サイズの価値観の法律などを築いて行くことが必要になる。
イスラム社会だと、単純に民主主義でひとり一票とすると、多数派の民族が優位にたっていつも選挙に勝つことになる。そうすると、少数派はいつも抑圧されるということになる。したがって、各民族同士で選挙をして代表者を選び、その各民族の代表者が順番に政権につくとか、共同でとか、そういう形を導入しないといけないのではないか?
(民主主義は少数勢力を抑圧するという問題を考えないといけない。)
>日本という国が平和でいられた理由として
?四方を海で囲まれた島国(他民族の流入を地理的に防いでいる)
?日本にもいろんな宗教があるが、政教分離の政治が行なわれているので、紛争の火種にはなりにくい。
?国民の生活の貧富の格差、都市・地方における貧富の格差というものが比較的小さい。
そうですね。単一民族であると同時に、こうした面があると思います。日本はいい条件が揃っているのかも。
以下、またまとまらないですが、ざっくばらんに書かせて頂くと。
冷戦後、内紛とかテロとかが頻発している。ちょこちょこした暴力があちこちで起きている。
いわゆるアメリカ一国主義、アメリカが世界の警察をやるという体制だと、うまくそれが進めば、アメリカに反抗する国はこの先、だんだんなくなっていくかもしれない。
しかし、アメリカが世界のすみすみまで警察として管理することは無理ですから、極地的な暴力は頻発する。アメリカには対抗しないけど、その目が及ばない、隣近所の社会で、力で優位に立とうという暴力が頻発する。
今だったら、アメリカが中東に追われているをしている影で、こっちには目が及ばないからとアフリカで虐殺などが起きる。世界警察は無視して動かない、こっちには何も及ばないだろうという思ってやっている気がする。そのように局地的な暴力が頻発する社会になっていくのはふせげないのではないか?テロはますます頻発するのではないか?
日本はそういう内紛とは今のところ、無縁でいられると思う。(ただし、たとえば外国人労働者に対する差別とか、家庭内暴力は増えているような気もする。)
アメリカ一国主義はたしかにひとつの選択ではあって、国同士の戦争はもしかしたら減らしていけるし、アメリカ対イスラム(のあくまでも一部の勢力)の構図の戦争は、最終戦争まで行くのは回避できるのではないか?という期待はもてる。アメリカに対するテロは起きるかもしれないが、局地的なもので、アメリカ国家自体を決定的に破壊するようなテロはよほどの大量破壊兵器を使わないと無理だろう。だから、まず大量破壊兵器がテロリストにわたるのをふせぐ。小さい規模のテロなら「事件」程度で戦争ではないということになる。
そう考えるとたしかにアメリカのやり方にもひとつの理はあるかもしれない。
アフガンやイラクで犠牲者が出ても仕方がないということになる。(悲しい現実)
悲しい話だが、西洋社会は自分達の市民社会を守るためにはアフガンやイラクの人達が亡くなるのは仕方がないという選択をしていると言える。
しかし、アメリカのやり方を人々が見て、物事は暴力で支配するのだみたいな意識がすみずみまで浸透していく社会にならないかという不安がある。つまり、国同士の戦争は少なくしていけても、極地的な紛争とか暴力とかはあちこちで起き増えていくというそういう時代にならないだろうか?と。
モデルとしては民主主義を世界に広めて「世界市民社会」みたいなものを築くという方向に進むのでいいのですが、多民族多文化の世界をどうやってそこに至らせるのか?
そのためには民族同士が互いの文化の相互理解を深め、世界標準サイズの価値観の法律などを築いて行くことが必要になる。
イスラム社会だと、単純に民主主義でひとり一票とすると、多数派の民族が優位にたっていつも選挙に勝つことになる。そうすると、少数派はいつも抑圧されるということになる。したがって、各民族同士で選挙をして代表者を選び、その各民族の代表者が順番に政権につくとか、共同でとか、そういう形を導入しないといけないのではないか?
(民主主義は少数勢力を抑圧するという問題を考えないといけない。)
これは メッセージ 23837 (pialine8 さん)への返信です.
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