対イラク武力行使

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Re: カンボジア混乱

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2007/09/01 06:10 投稿番号: [109502 / 118550]
ヤンキーさんとボンノさんの資料を比べてみて、歴史の解釈は別として事実関係で共通している点をあげてみると、、

1971年、アメリカ、カンボジアに侵攻、ベトナム戦争をインドシナ戦争に拡大した。
1972年、アメリカはロン・ノルを後押しして軍事独裁政権の体制に協力した。
1973年、アメリカがベトナムから撤退、(この頃からクメール・ルージュによる虐殺がはじまる)
1975年、ロン・ノル、国外亡命、サイゴン陥落、クメール・ルージュ、首都プノンペンに入城。

この年表を見ただけでも、アメリカが撤退したせいで、アメリカが押していたロン・ノルが勢力を失い、大虐殺者のクメール・ルージュが台頭したことが明白です。

>カンボジアの混乱は、このように周辺国や大国の思惑に振り回された結果であり、米軍のベトナム撤退は「遠因」ともいいがたいほど影響していません。

どうしてそんなことが断言できるのですか?もともとアメリカがベトナムに侵攻した理由は、ベトナムの共産主義化を防ぐためです。カンボジアまで戦火を広げたのは、カンボジアが中立どころか北ベトナムのベトコンたちを匿って、ベトコンはベトナム内で攻撃をしかけてはカンボジアに逃げ込んで、こちらの追跡を逃れていたからです。

アメリカがベトナムから撤退しないということは、カンボジアへの攻撃も止めないということです。ベトナムの共産主義化を防ぐ行為をやめないということであり、隣のカンボジアやラオスが共産主義国家になるのをみすみす見てみない振りをするはずがないということです。もしアメリカが駐留していたならば、アメリカが傀儡政府であるロン・ノルの失脚をゆるさず、よってカメール・ルージュやポルポトの台頭も許さなかったはずだということになります。

そうしたら1973年に始まったキリングフィールドの悲劇も防げたはずです。

アメリカが中途でインドシナを見捨てた責任は大きいのです。
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