真の平和なぞ来ない
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/03/27 13:03 投稿番号: [412 / 1657]
聖書なぞ読んだことがないが,聖書が書かれたときの時代背景を語らずに,聖書の言葉だけを言ってもな〜んの感銘もないし,ありがたくもありませんがな.
人に何かを訴え,伝えたいと思ったら,聞く立場の者がいる日常生活に逸話に置き換えて語らなきゃいけないのに(少なくとも坊さんの講話はそうだ),聖書はそれをしてるのかな?
まぁ日本のお経もそうだが,訳のわからないことをブツブツ唱えてればありがたいと思うだけで,そこから人生の生き方や意義など,誰も期待していない.
要は宗教なんぞ,遠の昔に死んでしまってるわけ.しかし人間はすがるものがほしい,だから形骸化された宗教でも敬虔な気持ちに浸りたい一心で宗教施設に行くわけだ,オウムに心酔したものその一つの現象なわけ.
少なくと,振り込め詐欺でも,ホームから転落した者を救おうとして一緒に死んでしまった者でも,なんでもいいから,逸話ぐらいは現代のものにしろやなと言いたいわけよ.
それにしても↓の言葉.虚しいねぇ,人間がもつ動物性は,未来永劫なくならないのにさ.
>戦争や紛争という混沌と浄化を経て、真の平和を得るのかも知れない。
これは メッセージ 410 (battamama さん)への返信です.
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