煩悩即菩提
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/03/27 06:58 投稿番号: [410 / 1657]
悟ったら、人格的にも優れ、あらゆる煩悩からも解放される・・・そんな幻想を抱いている人が多いのではないだろうか?
しかし、人間は本来仏なり。
刻一刻の迷いの中にこそ、悟りが内包されているのだ。
「上求菩提(じょうぐぼだい)」という言葉がある。
難行苦行や仏典・哲学書を読み、師を求めたところで悟れるものではない。むしろ、迷いを深くするだけだ。
対極に、「下化衆生(げけしゅじょう)」という言葉がある。
人間社会のその中で働くこと(端を楽にすること)の、その実践の中にこそ悟りがある。様々な艱難辛苦に遭いながら、迷い苦しみ泣き叫ぶ。それがそのまま悟りに繋がる。そうやって、自らが痛めば、人の痛みも分かる。人間への理解力も深まる。自らの至らなさを知れば、人の否も受容できるようになっていく。
そんな小さな気づきの積み重ねの中で、やがて大悟に至る道が開けてくるのではないだろうか?
煩悩即菩提也り
転じて、戦争や紛争という混沌と浄化を経て、真の平和を得るのかも知れない。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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