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>「入城後」と言い張っても無駄だよ。

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/22 11:30 投稿番号: [8720 / 66577]
全く同じことを何回も何回も繰返して述べますが、本当に時間の無駄ですから、これで終りです。反論するならもっと勉強してからとか、意味のあることを言ってください。そうすれば私にとっても利益になります。

①『さて、いつまでも特務機関員Xなどとほざいてるqa先生の発言を、無批判に読む人はまず存在しないと思いますが…』

ポイントは実際に南京大虐殺を目撃した人がいるかです。もし特務機関員Xが何かを目撃していたなら、その新資料はぜひ、公に(発表)すべきです。


②『たとえば第六師団の戦史には、陥落直前に城外西側にて難民を敗走兵もろとも銃撃し、「一帯の沼沢は死屍で埋められたという」という記述があります。
つまり、安全区以外にいた難民を殺害したという記述だし、入城前に民間人を殺害したという記述だし、ついでにいうと安全区以外の城内に民間人がいたことを示す記述でもあります。』

それがどうしたのというだけです。陥落前(陥落後も)の城外は両軍によってものすごい激戦がされています。また、この資料に対する資料批判はいろいろなところでされています。

それは、さておいて上は全く無意味な反論です。
何回も繰返したとおり、「安全区以外はほぼ無人であった」というのは、いわゆる南京市内(城内)を前提にした議論なんです。無人であったと主張する研究者もそれを前提に言っているのです。日本軍が入城した後にいわゆる南京市内(城内)で虐殺があったかなかったか、がそれで明確にされているのです。これがいわゆる南京大虐殺のメインなのです。この意味で私は南京大虐殺はなかったと言ったのです。(実は本当は南京事件とは便衣兵の処刑や城外の敗残兵の殲滅がメインにすぎないですが)。これは、中国人や一般の日本人にとっては、驚くべきことです。

繰返します。南京大虐殺の定義は人によって違いますが、日本軍が入城した後の市内(城内)はどうだったのか、が最近ではほぼ明らかにされています。そして、これが一般的にイメージされている南京大虐殺の本体なのです。周辺地域(これも広さの定義がさまざま)ではどうだったのか。上海からの進撃の途上はどうだったのか、これらはきちんと一つづつ区別して検討しないと、印象操作になってしまいます。多くの研究者の議論はそういう方向に進んでいます。

③あの「新しい歴史教科書をつくる会」の秦郁彦先生すら認めない、否定派の一部の勝手な言い分でーす。

上に述べた通りです。

秦教授が今から20年以上前に、教授はこのくらいの数なら中国側も納得してくれるのではないかと、恐る恐る南京虐殺は4、5万(便衣兵や捕虜も含めて)の被害という見解を出しました。(当時でも4、5万というのは根拠はなくて、かなり上手にごまかしているのですけど)。しかしそれでも、虐殺を隠し否定するものだと国内外から袋ただきに遭いました。そういう時代だったのです。

しかし、今ではどんどん研究が進み、秦教授の新書「南京事件」も20年たって、当時の研究の一つの水準を示すものに過ぎなくなりました。もともと秦は虐殺を目撃したというある兵士の嘘の証言を信じていて(今は新書でもこの部分だけが削除されていますが)、その印象に左右されたと言う面もありました。そして、なんと今では、虐殺を主張する人が秦教授の新書「南京事件」を証拠として勧めたりすることもあります。研究の進歩によってそれだけ世間の認識も変わっていったのです。でも、タイムラグはあります。
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