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Re: 外国から見た東京裁判 3

投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/05/15 09:09 投稿番号: [55095 / 66577]
(訂正、外国から見た東京裁判   2   の   「9.アルゼンチン代表」は「10.アルゼンチン代表」の誤り)

11   当事者   マッカーサー
  マッカーサー自身、東京裁判は誤りだったと告白している。それは50年10月15日、ウェーキ島でトルーマン大統領と会見した際の述懐である。また51年5月3日には、米議会上院の軍事外交合同委員会で、日本が戦争に突入した動機は「大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった」とも述べている。

マッカーサーは当初、「真珠湾に対する騙し討ちだけを裁く裁判を望んでいたのだが、ドイツでニユルンベルグ裁判がはじまってしまったので、日本に対してもやむなく同様の裁判を行わなければならなくなった」と苦しい心の内を語っていたようだ。

12. 当事者   マウントバッテン提督   2005/04/11(月)
  太平洋戦争の終戦前後に連合国軍の東南アジア最高司令官だった英海軍のマウントバッテン提督が、東条英機元首相ら「A級戦犯」を裁いた1946〜48年の極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)の開催を誤りと批判していたことが10日までに判明した。  
  東南アジアにおける対日戦の最高指揮官だった英軍首脳による東京裁判批判が終戦60周年の節目に明るみに出たことで、同裁判の正当性をめぐる日本国内の議論に一石を投じそうだ。
  英国立公文書館に保管されている48年の同国政府文書によると、マウントバッテン提督は、当時進行中だった東京裁判を念頭に、
「軍は純粋に政治的な性格の裁判にかかわるべきでない」
と主張し、日本の戦争指導者を戦犯裁判にかけることに反対を表明した。  
ソース   時事通信

13   新聞各社
  ニューヨークタイムズは東京裁判の直後、この裁判を無効とし、全員無罪を判決したパール判事の少数意見を一面トップで大きく取り上げこれを評価した。

  ロンドンタイムズは1952年6月から7月にかけて約1ヶ月間にわたって、この2つの裁判に対する論争を連載した。
イギリスの国際法の権威であるハンキー卿はその著『戦犯裁判の錯誤』(politicstraials and errors)の中で、「パール判事の所論は全く正しい」という立場に立って、パールの判決文を縦横に引用しながら戦後連合国が行った戦犯裁判(軍事裁判)を徹底批判している。

14   法律・歴史家
  米の連邦最高裁判所のW・O・ダグラス判事は「極東国際軍事裁判所は、国際法に基づいて審理できる自由かつ独立の裁判所でなく、パール判事が述べたように、同裁判所は司法的な法廷ではなく、政治権力の道具にすぎなかった」と述べた。

  米の国際法学者マイニア教授は「東京裁判の判決は、国際法、法手続、史実のいずれから見ても誤りであった。結局〈勝者の裁き〉にすぎない」として『勝者の裁き』という著書を世に問うた。
   同じくアメリカ最高裁のフレッド・M・ヴィンソン判事は、パール判決を支持し、多数判決を糾弾した。

  ドイツの哲学者ヤスパースも別の角度から、この2つの裁判を行った連合国の思い上がったごう慢な行為を痛烈に批判した。


15.この裁判条例(charter 憲章)の問題点
(1)裁判官の構成、出身国、国際法に対する練熟度、など構成・資格において極めて問題の多い選任であった。
(2)原子爆弾の使用、航空機による都市の無差別爆撃などを含む連合国軍の戦争犯罪行為は対象とされなかった、
(3)罪刑法定主義・法の不遡及という法治の大原則が保証されず、この条例の一存で「新たな罪」が導入された。
(4)証人のすべてに偽証罪を問わなかった
(5)証拠の採用不採用を極めて恣意的に行うことを可能にしており、結果として司法証拠として耐えられないものが多かった
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