中国

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

>wangjunhe720さん、比較文学

投稿者: natsumesousaki_hk 投稿日時: 2005/09/21 12:06 投稿番号: [43915 / 66577]
wangjunhe720さん、君の至らない点は、自己の主張が瞬間的に意識全体を被ってしまうため、他人の意見を柔軟に理解できなくなってしまう点だな。そのため必要以上に末節の議論にこだわり、本質を見失ってしまうことだろう。

>「読み下し」という「レ点で読み順を示し、訓読みする」という世界に類をみない特異な方式。<
>>   どこまで言えるか?それは。
>>   漢訳佛典は、いかに訳されたか、わかる?
>>   もしそこにもあなたの持ち出した「レ点、帰り点」のような方法があれば、もう「世界に類を見ない」とは、いえなくなる。<<
僕の指摘は「原文直接レ点と訓読み」の2点だ。君は「レ点」のことはいっているが「原文直接」と「訓読み」のことはいっていない。
君の典型的な「瞬間湯沸かし器」型反応で粗雑な議論だ。
ちなみに、サンスクリット、漢訳佛典でのレ点がどんなものか知らないので説明してもらえればありがたい。

>これにより漢語がそのまま日本語になるという不思議な世界。<
>>決して「そのまま」にならない。漢語と日本語の語彙が同じ漢字でも意味の軽重が変るし、「そのまま」と勘違いする奴はバカでしかない。<<
漢語といっても、淵明の4-5世紀の東晋時代の長江流域の漢語と、モンゴルに征服された元、女真族に征服された清を経た現代の北京漢語では発音も意味も、全然違うでしょう。とりわけ韻は大きく変わってしまっている。
つまり、現代から見れば、原文/原詩とは、当時の漢字が並んだ文字列だけ。それをどのように読むのかは、読み手の自由。現代北京方言で読もうと、読み下し訓読みしようと、原文を読んでいることに変わりはない。
つまり勘違いでなく確かに「そのまま」読んでいる訳だ。
「勘違い」と勘違いしているのは君なんだよ。自分だけが正統と考えているようで、基本的に了見が狭いんだな。おおらかに考えたほうが生産的だ。

>リズム・韻だけでなく、テンポも変わってしまうので、別世界の作品になってしまう。<
>>バカでなければ、だれでもわかることです。詩歌の翻訳は再創造である意味を含め、原詩所持した多くのものは失ってしまう。<<
僕が指摘したのは、「別世界の作品」ということ。
原文/原詩を直接読んでいるので翻訳では全くない。しかし、別のリズム・発音・韻・テンポになるので、原文を別の角度から表現することになっているということ。つまり作品の別の可能性を読んでいるということだ。
幸い君は日本語が読めるので、「読み下し」ででも読めるわけだ。するとその差異を直接感じることができるはずだ。

かくして、東晋長江の淵明には現代北京方言読みや日本式読み下し方言などなどが存在し、その解釈も同様。

ここで、柔軟で創造的頭脳の持ち主は、こうしたヴァリエーションから、それぞれのヴァリエーションの特性を抽出する。つまり、同じ原文を読んで異なる解釈をする、「そうした解釈をする人たちの特性」を読取ることになる。
唐代チャイニース、明代チャイニース、現代チャイニース、古代ジャパニース、江戸期ジャパニース、明治期ジャパニース、コリアン(もし原文を直接読んでいるのであれば)、。。。
これらを比較することで、面白い結果が得られるはずだが。。。。。
尚、翻訳の場合は、翻訳者の意図が混入するので、比較は大変難しくなる。

さて何回かの会話をとおして僕が君に勧めているのは比較文学。
君の発想では比較文学はなりたたないよ。
比較は相対的なもので、絶対的な価値の追求ではない。ところが、この相対的な比較を行うことで、多様性に光が当たり、実は絶対的な価値の追求に非常に役に立つという構造。

改めて、僕の指摘を君が正しく理解できているのかどうか、甚だ疑問に感じている。
しばし、頭を冷やす期間が必要だな。
急がないでよいから、先入観を取り払って、ゆっくり読んで、検討してみたまえ。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)