シナ事変
投稿者: dadaogongfei 投稿日時: 2004/01/19 22:06 投稿番号: [3787 / 66577]
>また、いつの頃からか「シナ事変」という言葉が使われなくなりました。
なるほど。おっしゃるとおりだ。
「シナ竹」の運命やいかに。なれば、「メンマ」を広めようとするは、シナ
共惨党の陰謀か。
>ただ、それが歴史的に、また、学術的に精確な名称呼称であるならば、政治的配慮をする(愚かな外務や文部などは論外として)必要はないかと思われます。
蔑称に使うのは、個人的な問題であり、それを蔑称と感じるのも個人的な問題です。ただ、双方が不快に感じるなら、使わなければよいのであって、それを制度化したり、強要する必要はないのではないか?と思います。
いちいちごもっともなご意見と思う。
>私は個人的には、「シナ」も「中共」も蔑称として使ってはおりませんし、私の辿ってきた経緯から、ごくごく自然に使っているものです。
はばかりながら、私も同じだ。
>ちなみに、私はJapと呼ばれてもなーんもそれを蔑称として認識いたしませんが、自分でも面倒なときはAm Japと言うときがあります(タダ単にタイプするのが面倒なときなど)。ま、文脈、コンテクストの問題ですよね、通用語が蔑称となるのは(ジェスチャーももちろん含めて)。
アイデンティティをある程度確立していれば、Japだろうが、日本鬼子だろうが、関係なく、ただ、そうした言葉を侮蔑に用いている人の問題だけだと、そう思ってしまうのですが。なんでも、すべて、蔑称というわけではない、のですから、強要はできませんし。
おっしゃるとおりと思う。シナ語の範囲内で、「日本鬼子」でも「倭国」でも、
シナ語では普通にそういうのだ、という
ことであるなら、全然問題ない。日本人が、シナでシナ人の使うシナ語の語彙に
対し、いちいち文句をつけるのは傲慢不遜の極みで、絶対してはいけないことと思う。
>ただ、今現在がこうだから、こうあらねばならぬ式の、話し方にはいささか辟易しております。そういうお話でしたら、日本の外務とお話になるべきで、それを個々人にまで強要すべきではありませんし、政府や官庁ごときが文化面にまで口を出すのは明らかな越権行為です。日本で、個々人の思想や使用する用語などは、某国のように政府や党関係者が煽動している民族主義とは違うわけですから。。。
この部分もなるほどと、首肯できる。
問題は某国とどのように折り合いをつけていくか、ということだろうか。
>ま、歴史的には、聖徳太子が「ミコ」と言ったら、「そら、あかんでよー、ミコちゅう言葉使えるのは、中国の天子さんだけでんねん」と文句言われた経緯もありますし、今に始まったことではないかもしれませんが。
だから、歴史的に紐解いていくと、かなり面白いことがわかってくるのですが。。。
根はとても深い、というわけだ。
干渉内政四千年
悠久伝統難改変・・・
なるほど。おっしゃるとおりだ。
「シナ竹」の運命やいかに。なれば、「メンマ」を広めようとするは、シナ
共惨党の陰謀か。
>ただ、それが歴史的に、また、学術的に精確な名称呼称であるならば、政治的配慮をする(愚かな外務や文部などは論外として)必要はないかと思われます。
蔑称に使うのは、個人的な問題であり、それを蔑称と感じるのも個人的な問題です。ただ、双方が不快に感じるなら、使わなければよいのであって、それを制度化したり、強要する必要はないのではないか?と思います。
いちいちごもっともなご意見と思う。
>私は個人的には、「シナ」も「中共」も蔑称として使ってはおりませんし、私の辿ってきた経緯から、ごくごく自然に使っているものです。
はばかりながら、私も同じだ。
>ちなみに、私はJapと呼ばれてもなーんもそれを蔑称として認識いたしませんが、自分でも面倒なときはAm Japと言うときがあります(タダ単にタイプするのが面倒なときなど)。ま、文脈、コンテクストの問題ですよね、通用語が蔑称となるのは(ジェスチャーももちろん含めて)。
アイデンティティをある程度確立していれば、Japだろうが、日本鬼子だろうが、関係なく、ただ、そうした言葉を侮蔑に用いている人の問題だけだと、そう思ってしまうのですが。なんでも、すべて、蔑称というわけではない、のですから、強要はできませんし。
おっしゃるとおりと思う。シナ語の範囲内で、「日本鬼子」でも「倭国」でも、
シナ語では普通にそういうのだ、という
ことであるなら、全然問題ない。日本人が、シナでシナ人の使うシナ語の語彙に
対し、いちいち文句をつけるのは傲慢不遜の極みで、絶対してはいけないことと思う。
>ただ、今現在がこうだから、こうあらねばならぬ式の、話し方にはいささか辟易しております。そういうお話でしたら、日本の外務とお話になるべきで、それを個々人にまで強要すべきではありませんし、政府や官庁ごときが文化面にまで口を出すのは明らかな越権行為です。日本で、個々人の思想や使用する用語などは、某国のように政府や党関係者が煽動している民族主義とは違うわけですから。。。
この部分もなるほどと、首肯できる。
問題は某国とどのように折り合いをつけていくか、ということだろうか。
>ま、歴史的には、聖徳太子が「ミコ」と言ったら、「そら、あかんでよー、ミコちゅう言葉使えるのは、中国の天子さんだけでんねん」と文句言われた経緯もありますし、今に始まったことではないかもしれませんが。
だから、歴史的に紐解いていくと、かなり面白いことがわかってくるのですが。。。
根はとても深い、というわけだ。
干渉内政四千年
悠久伝統難改変・・・
これは メッセージ 3756 (aki_fumika さん)への返信です.
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