>>>>>>盗み取ったのかな
投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/02/01 16:25 投稿番号: [23040 / 66577]
>甲午戦争の1年前にあたる1893年まで出されていた、沖縄県知事による釣魚島などの沖縄県への帰属要求を、内・外務卿はさらに1年引き伸ばした。甲午戦争勃発後も、日本政府は勝利を確信していないためか、「同島が日本に所属するのか否か、未だ明確ではない」としてこの問題を避けている。
廃藩置県により明治政府は1879年に沖縄県を設置後、1885年の沖縄県知事の上申書によりその後10年以上にもわたり尖閣諸島を実地調査し、尖閣諸島が清国の領土でないことを慎重に確認した後、1895年1月14日の閣議決定により、尖閣諸島を沖縄県の所管として日本帝国に編入した。
尖閣諸島の編入は日清戦争や下関条約とは全く関係なく古くから進められてきたものであり、戦争によって併合されてたものではありません。上申から編入まで長期間かかったのは、清国の支配が及んでいないか慎重に調査した結果であり、日本政府の誠実な対応は高く評価されています。このように尖閣諸島は下関条約の対象になっておらず、従ってポツダム宣言の対象にもならないのです。
歴史を捏造して尖閣諸島と日清戦争を結びつけるのは悪質な政治的プロパガンダです。
これは メッセージ 23033 (panda168jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/23040.html