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>>そこに勤める酒女

投稿者: yabe571 投稿日時: 2005/03/20 01:33 投稿番号: [8199 / 16409]
日本時代、酒家は、カフエとも言い、お客を相手に、女給さん、というのがいました。笑いだけを売るか、どうかは、どうしても当事者の間で決まるものです。

戦後、一律みんな酒家になりました。そして、女給さんは酒家女となりました。
大抵と言っていいくらいヒモがついています。そして、口説いてOKになっても、一番乗りは無理で、いくらきばっても、その日の第三番めにしか並べられないそうです。
つまり、ヒモが真っ先に、お次は昼すぎてお化粧に行ったついでに常客と、これだけで、もう二回いってしまいましたね。

口語的に、というか、すこしあれだけれど、「チウカンナア ソオ」chu1 kan7 na1 so2 (酒 石干 仔 嫂)とも。

>「チャイナドレス(旗袍)」

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/20 01:30 投稿番号: [8198 / 16409]
台湾語では「トゥンサア(長衫)」と呼んでいたようですが、今でもそうですか?

>>>>藝妲の服装

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/20 01:21 投稿番号: [8197 / 16409]
身体にピッタリ張り付いたような服ではなく、ゆったりしたものです。

名称は色々と複雑ですが、一般に「上着」は「サア(衫)」、下のズボンを「コオ(衣偏+庫)」と言います。

それから、女性の正装には「スカート」のようなものも有りました。

>>>藝妲の服装(訂正)

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/20 01:01 投稿番号: [8196 / 16409]
訂正です。

×「タイワンサア(台湾衫)」
○「プントオサア(本島衫)」

>>>藝妲の服装

投稿者: drindomitable 投稿日時: 2005/03/20 00:50 投稿番号: [8195 / 16409]
>元々はツーピース・・・

華航のフライトアテンダントのユニフォームは確か中国風デザインのツーピースだったと思いますが、藝妲のはそれに近い服装と考えればいいのでしょうか。

>そこに勤める酒女

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/20 00:13 投稿番号: [8194 / 16409]
矢部老師とは違って、この方面は詳しくありませんが。。。

通常は「チウカアルウ(酒家女)」と呼ぶのではないですか?

北京語で「侍応生」と言う言葉もあったように記憶していますが、これは日本語の「ホステス」と了解して宜しいでしょうか。

>>藝妲の服装

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/20 00:08 投稿番号: [8193 / 16409]
流石は、運好御老体!素晴しい記憶力です。

元々はツーピースです。日本時代は「タイワンサア(台湾衫)」と呼んでいませんでしたか?

所謂「チャイナドレス(旗袍)」が流行りだしたのは1920年代?、上海からの伝播と聞いています。

>>泣き女

投稿者: ptngtwa 投稿日時: 2005/03/19 23:07 投稿番号: [8192 / 16409]
先日、涙を計るTV番組がありました。

でも、全員おばさんでした。

>泣き女

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/03/19 22:59 投稿番号: [8191 / 16409]
台湾人の友人が50歳のとき、同年齢の奥さんを亡くし、葬式のとき6人の泣き女が呼ばれた。奥さんの友だちが呼んだのだそうで、かしらの女性が20歳ぐらい、その指図を受ける5人は十六、七歳程度。薄化粧してみな美人。よく泣きました。もちろん涙は流しません。今から二十数年前のことです。

>藝妲の服装

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/03/19 22:19 投稿番号: [8190 / 16409]
藝姐の服装は、記憶ではツーピースの支那服だったような気がする。戦後酒家というものが出現して、そこに勤める酒女(正式には別の名称だったが、忘れた)のワンピースのチャイナドレのほうが魅力がある。しかし酒女は全く藝がありません。話しの相手と、お酌をするだけ。藝姐の仕事は、「売藝不売身」(藝を売って、からだは売らない)と言われているのだから、藝があったのだと思う。酒女は藝がないから「売笑不売身」と言われる。

探検隊番組(トビずれ失礼)

投稿者: drindomitable 投稿日時: 2005/03/19 22:12 投稿番号: [8189 / 16409]
Horseさんへ

本日、過去ログで話題に上ったかつての「かめんらいだあ」氏の探検隊スペシャルの放送がありました。ミャンマーの奥地に野人を探しに行くというもので、隊員がサソリに刺されそうになったり、ニシキヘビが太腿にからみ付いた時のあざといリアクションとやたら緊迫感をあおりたてようとするわざとらしいナレーションはまさに「川口浩探検隊」のノリそのもの。ちなみにどちらもテレビ○日の制作です。
以前台湾の人にうけていたという話ですが、そちらで放送されたら今回の番組もうけるだろうか、あのわざとらしいナレーションは台湾語にふきかえられて放送されているのだろうかなどと考えているうちにいつのまにかうたた寝してしまいました。

泣き女

投稿者: katoytw 投稿日時: 2005/03/19 22:00 投稿番号: [8188 / 16409]
不幸のあった家に雇われて泣くのを職業とする女。能登の七尾市などでは、その代金により一升泣・二升泣などと言った。中国・朝鮮にもある。泣き婆。とむらいばば。(広辞苑より)

それから先日新宿から大久保に歩いた折、これからお勤めのきらびやかな姫たちと次々とすれ違いましたが、わたしが日常いた数年前とはえらい違いのすばらしさ・・特に韓国・朝鮮系、中国・台湾系がやはりよかった・・。京都ぽんと町で居候して芸祇も何人か知っていますがちょっと違ってきた感じ・・。
一言・・すみません。横で・・。

ps:それから来年台北・・で展覧会を考えようとしていたのですが、デンマークの・・を拝見し、考えてしまいました・・。

藝妲

投稿者: drindomitable 投稿日時: 2005/03/19 21:46 投稿番号: [8187 / 16409]
日本の「舞妓」「芸妓」や朝鮮の「妓生」のように歌舞音曲や即興で詩や絵をものしたりする技能にすぐれていた、もしくはそのための訓練をうけていたのでしょうか。
それから宴席に侍る時の衣装はやっぱりチャイナドレス?

>京都のホテルで舞妓のショー

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 21:44 投稿番号: [8186 / 16409]
私が高校生の頃ですから、30数年前は「おいらん(花魁)ショー」がありました。今でもかすかに憶えています。

別段「いかがわしい」雰囲気ではなく、昔の風俗を紹介すると言う「真面目」な内容でした。

その後、「ジェンダー」がらみで御法度になったようです。

>玉意と阿宝

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 21:39 投稿番号: [8185 / 16409]
「阿鳳」と言う売れっ子もいたようです。

時代は不明ですが、随分と昔と思われます。写真が残っています。

「別嬪」さんと言うよりか、かなり「貫禄」がある風情。

>芸妓、藝姐

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 21:34 投稿番号: [8184 / 16409]
例えば、京都では今でも伝統を固守しているところがあります。

僅かですが、「舞妓」を志願する女の子かいます。

修行中は、歌舞や立ち居振る舞いなどが徹底的に仕込まれます。

>コオトアN「苦妲」

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 21:29 投稿番号: [8183 / 16409]
弘法(矢部老師)も筆の誤り。

この場合は、「苦『旦』」です。

台湾の伝統的葬式では、女が「泣く」ことになっていますが、こんな「実話」がありました。

台湾在住時の知人(日本人女性、夫は台湾人)の娘(幼女)が、台湾の親戚の葬儀に列席。一人の台湾女性が「身も世もなく慟哭」しているのを側で見ていて、「このおばちゃん、涙がでていない」。

「頑是無い」幼児と言うものは、実に残酷。

玉意と阿宝

投稿者: yabe571 投稿日時: 2005/03/19 21:18 投稿番号: [8182 / 16409]
日本時代、台北流行妓は「玉意」という人、蓬莱閣辺は「阿宝」という人が有名だったようです。

>芸妓、藝姐

投稿者: ni04jp 投稿日時: 2005/03/19 20:52 投稿番号: [8181 / 16409]
>それから、芸妓が復活したと言っても、今のは普通の小母さんが、呼びがかかったときだけ芸妓に変装して、どれ一仕事と出かけるのです。ちがいますかな。

そーいうのもいるでしょうね。
しかし、京都では十分職業として成り立っているようです。

http://www.kanko-kyoto.net/

以前、京都のホテルで舞妓のショーをやってるのを見たことがありますが、小母さんにはなってませんでした。

芸妓、藝姐

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/03/19 20:27 投稿番号: [8180 / 16409]
>台湾では「藝妲」は完全に絶滅していますね。伝統が途絶えたのは何時頃のことでしょうか?
__________________________________

戦争が烈しくなると、そんな商売なんかやっていられなくなるので消えてしまい、戦後、芸妓は日本で復活したが、台湾の藝姐は復活しなかったのだろうと思います。戦前中学生時代、台北の町で夕方ごろ人力車でお出かけの芸妓を見ることは稀でなかったが、人力車で出かける藝姐を見た記憶はすくない。わしの行動地区が、藝姐の活躍地区(台北の大稲[土呈]でなかったためか?

それから、芸妓が復活したと言っても、今のは普通の小母さんが、呼びがかかったときだけ芸妓に変装して、どれ一仕事と出かけるのです。ちがいますかな。

>女形役者

投稿者: yabe571 投稿日時: 2005/03/19 20:10 投稿番号: [8179 / 16409]
歌仔劇にはコオトアN「苦妲」というのがあります。つまり泣くことを売り物にする、または演技とするもので、すごいもので、三日三晩休まずに泣き続けるそうです。

泣きながら台詞が言えるのは、これまた台湾人の特長で、観衆は「苦妲」からもらい泣きして、歌仔劇を鑑賞しています。
「苦妲」の泣き具合で、その劇団の人気が決まるくらい、大切な役ですね。

北美

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2005/03/19 16:01 投稿番号: [8178 / 16409]
といっても、ここまで続いているネタではありません。。。


数日前のTVニュースから。。。
台北市の美術館で、展示していたデンマーク(だったかな?)の近代美術の中の油絵一点に、展示施設からの漏水で、かなりの長さのダメージがあったということ。どうも、油絵具が剥落したらしいのですが。。。(つまり、展示絵画のチェックを長い間していなかったということ。。。勿論、画布は水でかなり痛んでおりました。。。修復困難、というより、絵画を毀損した、と言ったほうが適切な状態でした)

いやぁ、ご立派な美術館であります。。。これには、はっきり、馬鹿、と言いたい。

勿論、損害賠償を要求されたとのこと。。。

国際的な信頼がた落ち。館長の首をとばすこともしない台北市のやり方に、呆れ顔。。。馬鹿だよな、全く。。。管理がなっていない。問題外ですよ。恥を知れ、と言いたい。

台北市には、かなり多くの日本美術も眠っていることを以前書きましたが、それらのカビ、シミも、大変なもの。。。

選挙もいいが、「文化」、はどこだ???

こういうのが「外省人文化」だというのかな?


まぁ、美術品の毀損については、確か、前科が台湾にはあったと記憶しますが。。。


今度は敦煌の美術展がどこかで行われるそうですが。。。

「文化」って何よ?



本日は、319、国民党の319集会ですが、前夜祭はしめやかに?党本部前でありましたが、ほとんど、党主席選挙のための人集め。。。馬鹿馬鹿しい。。。
あ、ここが、無責任節の本家本元だぁ。。。

>> >>台北藝旦

投稿者: ni04jp 投稿日時: 2005/03/19 15:35 投稿番号: [8177 / 16409]
>「トア(旦)」は、(元旦などの用例の外)「女形役者」の意味があります。

なるほどよく解りました。
ありがとうございます。

ということは、男の方は”台北藝生”でしょうかね?
なんか新銘柄のビールみたいで美味しそう。

> >>台北藝旦

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 13:34 投稿番号: [8176 / 16409]
「トア(旦)」は、(元旦などの用例の外)「女形役者」の意味があります。

これに対応するのは「シェン(生)」、「男形」の意味です。

京劇などでもこの用法となっていると思います。

>>台北藝旦

投稿者: ni04jp 投稿日時: 2005/03/19 12:54 投稿番号: [8175 / 16409]
>「ゲエトア」は通常は(「藝旦」ではなく)「藝妲」を当てます。

なるほど。
藝旦をExite翻訳に入力すると、”芸の朝”と出てきます。

”ゲイの朝”とはなんとも響きがいかがわしい。

>>台北藝旦

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 11:56 投稿番号: [8174 / 16409]
「台湾浪花節」の名作、『キッチア(乞食)カイ(開)ゲエトア(藝妲)』、

この場合の「開」は(白話音「クイ」ではなく)文言音「カイ」。

>台北藝旦

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 11:09 投稿番号: [8173 / 16409]
何時もの「お節介」ながら。。。

「ゲエトア」は通常は(「藝旦」ではなく)「藝妲」を当てます。

日本では「芸妓」、「舞妓」などの伝統的職業が保存されていますが、台湾では「藝妲」は完全に絶滅していますね。伝統が途絶えたのは何時頃のことでしょうか?

台北藝旦

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/03/19 08:08 投稿番号: [8172 / 16409]
わしより一代前(年が三十歳上)の人の話では、藝旦は台北産が喜ばれた。

>台北近辺では「三峡美人」

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/19 04:16 投稿番号: [8171 / 16409]
中部では「埔里美人」。

埔里は、漢民族の圧迫を受けた中部の平埔各族が最後に入植した場所。

平埔族に関する講演を行った際に、一人の牧師が出席されましたが、母親がパゼヘ(父親は漢人)、色は浅黒いが、エンタウア(男前)さんでした。

>小町つながりで・・・

投稿者: cakerun999 投稿日時: 2005/03/19 03:35 投稿番号: [8170 / 16409]
台北近辺では「三峡美人」があります。

今の台湾の「中国信託」のボスこと辜簾松氏の母が三峡美人でした。

小町つながりで・・・

投稿者: drindomitable 投稿日時: 2005/03/19 01:57 投稿番号: [8169 / 16409]
日本では「秋田美人」、「越後美人」、「加賀美人」といったような表現がありますが、台湾にもこれらと同じような表現はあるのでしょうか。

それからこれは以前上海とその周辺に出張したときの話ですが・・・。

杭州市に滞在した時、市内を歩いていたら色白ですらっとした美人が目についたので、同行の中国人の同僚(吉林省出身の女性)に聞きました。

私「きれいな女性をよく見かけるけれど、この地方は美人が多いの?」

同僚「多いと思いますよ。江南美人という言葉があるくらいですから」

私「あなたの出身地の東北地方にも例えば『吉林美人』のようないいかたはあるの?」

同僚「東北にはそのようないいかたはありません。でも私、『江南出身ですか?』とよく聞かれます」

その同僚、たしかにきれいな女性でしたが、「おいおい、いくらなんでもそこまでいうかよ・・・」と一瞬言いたくなりました・・・(苦笑)。

>崇石(しゅうせき)作の後ろ姿の小町

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/18 23:31 投稿番号: [8168 / 16409]
『佐竹本三十六歌仙絵巻』は、

「いろ見えで、うつろふものは、世の中の、人のこころの、はなにぞありける」

を撰んでいます。

(伝)藤原信実絵、後京極良経筆

『復刻版』を所蔵していますが、かなり程度の高いもので、色彩も綺麗です。

<参考(蔵書の解説より)>
雨乞小町、草子洗小町、通小町、関寺小町、鸚鵡小町、卒塔婆小町、九十九小町、髑髏小町。

⇒その美貌の女流の老残放浪の人生が典型的にかたちづくられているのがわかり・・・。

ひとりっこ政策だったんじゃねえの!

投稿者: bady17jp 投稿日時: 2005/03/18 22:56 投稿番号: [8167 / 16409]
中国共産党はカルト集団です。

なんかみなさん

投稿者: ni04jp 投稿日時: 2005/03/18 21:37 投稿番号: [8166 / 16409]
すごい事になってますねー
このトビは。

>セックス経験全くなし

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2005/03/18 20:59 投稿番号: [8165 / 16409]
「待ち針」の別名は「小町針」。理由は●がないから。

ところで、台湾には伝説的「美女」はいますか(中国ではなく台湾独自の)?

「ナアタウチア(林投姐)」は「お化け」ですよね。別嬪さんだったんですか?

>>>>小野小町

投稿者: cakerun999 投稿日時: 2005/03/18 15:04 投稿番号: [8164 / 16409]
そう言えば、江戸時代、こんな都々逸がよまれたそうで――

  小野小町と   知恩院の傘は
  ささず濡らさず   骨になる

>>>小野小町

投稿者: yabe571 投稿日時: 2005/03/18 14:36 投稿番号: [8163 / 16409]
崇石(しゅうせき)作の後ろ姿の小町に例の歌が書かれていますね・・・


「花の色は   うつりにけりな   いたづらに わが身世にふる   ながめせしまに」

また、セックス経験全くなし、とも言われていますが・・・


>>小野小町

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2005/03/18 10:00 投稿番号: [8162 / 16409]
いや、卒塔婆小町、なる唄も。。。

>小野小町

投稿者: cakerun999 投稿日時: 2005/03/18 02:51 投稿番号: [8161 / 16409]
歌仙絵師崇石(しゅうせき)の作品
後ろ姿の小町

http://www.e-t.ed.jp/edotori3901/komachi.jpg

小野小町

投稿者: yabe571 投稿日時: 2005/03/18 02:18 投稿番号: [8160 / 16409]
日本で絶世の美女、小野小町。
その生まれ場所や命日にも、いろいろとあるそうですが――

 
深草の少将の物語・・・

「私のところに、百夜通い続けたら、思いを遂げさせてあげてもいい」
と、彼女は少将に言った。
 
少将は、5キロもする道のりをいとわず、小町の許へ毎晩通い続けたが、如何せん、丁度99日目の雪降る夜に、とうとう力尽き、息絶えた。
 
まことに残念無念。
ところで、小町の方は、どんな思いだったのでしょう。

・・・
前借りの一手を知らなかった深草の少将は惜しい!
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