世界的な味覚
投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/08/07 01:31 投稿番号: [14779 / 16409]
わしの同窓生で、台湾生まれ、台湾育ちの日本人F氏、戦争中九州で幹部候補生の訓練を受けている最中に終戦、終戦後36年たってからやっと念願の台湾訪問を果たした。終戦後36年というのは、1971年、昭和56年のことである。来る前にわしに手紙をくれた。曰く「台湾で生活していた時期は、朝飯をときどきユチャケと杏仁湯ですましたが、あの味が忘れられない。あれは世界的な味覚だと思う。」
ところが彼が来たとき、ユチャケはあったが、杏仁湯はなく、豆乳に変わってしまったので、彼を非常に失望させた。ユチャケの名称も、外省人が持ってきた「油條」という名称に変わってしまった。ユチャケは台湾語ユーチャークェー(油炸[米果])の訛りで、戦前の在台日本人は、みなこの発音を使っていた。
そのF氏は「世界的な味覚」がなくなった台湾には熱情が冷めたのだろうか、また行くよ、行くよと言いながら、二度と来ないで、今から2年前に世を去った。
これは メッセージ 14776 (urfraternity さん)への返信です.
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