kaspar47さん >歩き方はそうだったよう
投稿者: minusionderefresh 投稿日時: 2003/09/18 04:59 投稿番号: [4634 / 44985]
勉強になりました。
「養老孟司」と聞くだけで、この人が言うのだから、と納得しちゃいますね。(養老孟司氏は解剖学者。脳に詳しい。)
こういうのも見つけました。
こいう見解は科学的で更に納得できます。
http://www.ctb.ne.jp/~ya86432/hp6.htm
>実際は、つま先か足裏全体で着地していたと思うのです。
>考えてみれば今よりはるかに道路事情の悪かった昔では、進行方向に向かって踵から着地したのでは小石などで足を痛めるからなのでしょう。
>履き物から考えても、というより平安期の庶民ではまずほとんど素足[二条城御幸図屏風:江戸時代作品では六百人以上の人物が描かれています。その中で履き物を履いて描かれているのは赤い鼻緒の身分のたかい女性 靴を履いた寺僧 足袋を履いた駕籠を守る武士など一割にも満たない]で描かれているし、草鞋を履くと言っても普段は半足(アシナカと読みます:かかとの無い半分ほどのワラジ、地方により差がある)が多かったのです。
>そういう環境ですので、足先をかなり意識して地面の状態を探りながら歩いたのだと思うのです。
>つま先側から接地して、小石など足を痛めるものが有れば、支点を踵に移す。このことが武術で使われる重要な身体操作原理につながったのでしょう。
こう考えれば、「ナンバ」が廃れたのは、近代になって道路事情も良くなり、庶民も足裏を保護してくれる靴(下駄などを含む)を履くようになったのも原因の一つなのかもしれません。
http://hc2.seikyou.ne.jp/home/jcfa-osakanisi/taikyokuken/nanba.htm
>人は歩くとき、右手左足という様に交差神経支配で拘束されていて、右手、左足が前に行くとき左手右足が後ろにいくのが一般的である。
>●ナンバの語源
> 階段を大股であがる時、しんどくて、もうダメだというとき自然に膝の上に同じ側の手をあて膝と肘をのばして歩く姿勢になる、「難場」の字のごとく難ぎな場所でおおきな力を発揮する歩き方を「ナンバ」歩きと言う。
> 又山道などの谷に面した狭い難ぎな道では両手を振って歩けない、手を振らない歩き方も「ナンバ」歩きと言います。
なるほど。上記のサイトの説明と合っている。
難儀な道ばかりでは「難場」の歩き方となるのでしょう。
shamisengaiさんの仰っていたように、近代化(西洋化)のお陰で、わずか数十年の間に、走り方まで変わったのでしょう。
難儀な道ではない場合、やはり人の自然な歩き方は、交差神経支配で拘束されているので、左右の手足が逆な動作をするのでしょう。
左右の手足が逆な動作が自然であるという根拠は、両生類・爬虫類・哺乳類の四つ足で歩く全ての動物の前足と後ろ足の動作にも因る。片方の前足を出した時に左右逆の後ろ足が出る。
人間が四つ足状態で歩く場合も自然とそうなる。
子供の歩き方も、左右の手足が逆な動作です。
どうやら近代化で新しい歩き方を刷り込まれたのではなく、昔の道路事情と履物事情が特殊な歩き方を強要していたのかもしれません。
>ちなみに朝鮮半島はどうだったんでしょうかね。
あちらでは草履を履く習慣が有ったのでしょうか。
もし、草履のような足裏に優しくない履物しか無かったのだとしたら、同じ様な歩き方をしていたのではと推測できますが・・・。
あちらではそういった歴史検証は苦手なのでしょうね。
なんせ、道路整備された時代よりも、李朝時代の方が良かったと思っている方々が大勢居られるのだから。
「養老孟司」と聞くだけで、この人が言うのだから、と納得しちゃいますね。(養老孟司氏は解剖学者。脳に詳しい。)
こういうのも見つけました。
こいう見解は科学的で更に納得できます。
http://www.ctb.ne.jp/~ya86432/hp6.htm
>実際は、つま先か足裏全体で着地していたと思うのです。
>考えてみれば今よりはるかに道路事情の悪かった昔では、進行方向に向かって踵から着地したのでは小石などで足を痛めるからなのでしょう。
>履き物から考えても、というより平安期の庶民ではまずほとんど素足[二条城御幸図屏風:江戸時代作品では六百人以上の人物が描かれています。その中で履き物を履いて描かれているのは赤い鼻緒の身分のたかい女性 靴を履いた寺僧 足袋を履いた駕籠を守る武士など一割にも満たない]で描かれているし、草鞋を履くと言っても普段は半足(アシナカと読みます:かかとの無い半分ほどのワラジ、地方により差がある)が多かったのです。
>そういう環境ですので、足先をかなり意識して地面の状態を探りながら歩いたのだと思うのです。
>つま先側から接地して、小石など足を痛めるものが有れば、支点を踵に移す。このことが武術で使われる重要な身体操作原理につながったのでしょう。
こう考えれば、「ナンバ」が廃れたのは、近代になって道路事情も良くなり、庶民も足裏を保護してくれる靴(下駄などを含む)を履くようになったのも原因の一つなのかもしれません。
http://hc2.seikyou.ne.jp/home/jcfa-osakanisi/taikyokuken/nanba.htm
>人は歩くとき、右手左足という様に交差神経支配で拘束されていて、右手、左足が前に行くとき左手右足が後ろにいくのが一般的である。
>●ナンバの語源
> 階段を大股であがる時、しんどくて、もうダメだというとき自然に膝の上に同じ側の手をあて膝と肘をのばして歩く姿勢になる、「難場」の字のごとく難ぎな場所でおおきな力を発揮する歩き方を「ナンバ」歩きと言う。
> 又山道などの谷に面した狭い難ぎな道では両手を振って歩けない、手を振らない歩き方も「ナンバ」歩きと言います。
なるほど。上記のサイトの説明と合っている。
難儀な道ばかりでは「難場」の歩き方となるのでしょう。
shamisengaiさんの仰っていたように、近代化(西洋化)のお陰で、わずか数十年の間に、走り方まで変わったのでしょう。
難儀な道ではない場合、やはり人の自然な歩き方は、交差神経支配で拘束されているので、左右の手足が逆な動作をするのでしょう。
左右の手足が逆な動作が自然であるという根拠は、両生類・爬虫類・哺乳類の四つ足で歩く全ての動物の前足と後ろ足の動作にも因る。片方の前足を出した時に左右逆の後ろ足が出る。
人間が四つ足状態で歩く場合も自然とそうなる。
子供の歩き方も、左右の手足が逆な動作です。
どうやら近代化で新しい歩き方を刷り込まれたのではなく、昔の道路事情と履物事情が特殊な歩き方を強要していたのかもしれません。
>ちなみに朝鮮半島はどうだったんでしょうかね。
あちらでは草履を履く習慣が有ったのでしょうか。
もし、草履のような足裏に優しくない履物しか無かったのだとしたら、同じ様な歩き方をしていたのではと推測できますが・・・。
あちらではそういった歴史検証は苦手なのでしょうね。
なんせ、道路整備された時代よりも、李朝時代の方が良かったと思っている方々が大勢居られるのだから。
これは メッセージ 4472 (kaspar47 さん)への返信です.
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