ナハさん(拝読&レス希望)【重要】2
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2005/02/16 19:11 投稿番号: [29457 / 44985]
さて、少し観点を変えましょう。
>真理というのは一般論ですし、一般論とは普遍的なものですから、個別の事情や例外的な差異を捉えても仕方が無いということになります。
こう書かれていることは、方法論としては妥当と私も考えます。しかし、個別の事情を希釈して普遍的なものに還元していくには、個別の事情に対する解釈・分析を材料にせざるをえないでしょう。それこそがまさに、帰納法と言われるものでありましょう。
私はまさにこの過程で、ナハさんは重大な間違いを犯されていると考えているのです。
私の知り合いにある医師がおります。その人に、このような質問をいたしたことがございました。
「まったく同じ材料・同じ器具を用い、同じ時間を掛け、同じ方法を取って実験を行っても、Aという人とBという人では違う結果が出ることがある、ということはありますか?」
答えはこうでした。
「それどころか、同じAが実験しても毎回違う結果が出る、ということさえあります」
「では、論文を書くときにその実験の結果が必要な場合にはいったいどうするのですか?」
「何度も実験を繰り返し、そのなかでこれが正しいと思う実験過程とその結果を取り上げます」
「では、最後は個人の判断次第ということになりますね。そして、その判断が論文の質を決定するのでは?」
「そういうことですね」
私は、「最後の個人の判断」のところでナハさんの、そもそもの
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=29284
>在日は日本で育っただけの日本人では無い者。
以下のご文章は一部を全体にまで拡大したことによる誤りがある、と強く感じます。
以下のサイトに、格好の材料がございます。
http://aki1968.cocolog-nifty.com/news_from_japan/2005/02/post_8.html
>先月の東京都管理職試験受験資格の最高裁判決に関する雑誌『Newsweek(日本版)』(2月16日号)の記事の情報を得た。寄稿したのは、判決に対して悪態をついた鄭香均氏の兄、鄭大均東京都立大学教授である。大均氏に関して、私は彼の主張に納得しているだけでなく、実証的で丁寧な仕事をする研究者として評価している。
>話を戻すと、じつは、二人の苗字、出身地が同じで年齢も近いことから、香均氏が大均氏の妹ではないかと感じていた。先週、飲みに行った際、韓国・北朝鮮関係に詳しい知人が「あの人は大均さんの妹なんだ。困ったものだ」と語っていた。 たぶん、大均氏が妹の裁判について何かの雑誌に書くのではないかと思っていたら、やはり。
長くなるが、記事の抜粋を。
それにしても、なんという皮肉だろう。私は今まで、韓国・朝鮮籍をもちながら本国への帰属意識に欠ける二世や三世の在日コリアンは、早く日本国籍を取得して日本社会のフルメンバーとして生きるべきだと主張してきた。一方で私の妹は、自らを抑圧や差別の「生き証人」として位置づけて行動している。帰化などというのは、彼女にとっては敗北を意味するにちがいない。…
私が妹や在日に伝えたかったのは、被害者としてのアイデンティティーにとらわれ、そこに人生の根拠や動機を見いだすのは賢明な生き方でないというメッセージだ。だが妹には、兄の言葉より在日たちの「闘いの伝統」のほうが魅力的であったらしい。
妹の裁判闘争に私が批判的だったのは、何よりもそれが「在日の不透明性」を永続させると考えたからである。現在の在日は、韓国・朝鮮籍をもちながら本国への帰属意識に欠け、また外国籍をもちながら外国人意識にも欠けているようにみえる。外国籍を維持したまま内国人との平等をめざす妹たちの運動は、在日のアイデンティティーと帰属(国籍)の間にあるズレを永続化させてしまう。…
90年代半ば以降、韓国・朝鮮籍からの帰化者は、年間1万人で推移してきた。これは在日が日常的に体験する不透明性が限界に来ていることを物語ってもいる。在日は、いずれ日本国籍を取得して生きなければならないことを知っている。彼らにいま必要なのは、公務員就任権より日本国籍の選択権だ。
(リラによる中略)
在日コリアンは韓国ないし北朝鮮の社会における構成員でなく、日本社会の構成員である。しかしながら、前にも書いたが、日本で生まれ育ち、母語として日本語を話し、日本での特別永住許可を得ても、外国籍のままで完全に日本人と平等になることは不可能なのだ。今後、日本国籍取得は避けて
>真理というのは一般論ですし、一般論とは普遍的なものですから、個別の事情や例外的な差異を捉えても仕方が無いということになります。
こう書かれていることは、方法論としては妥当と私も考えます。しかし、個別の事情を希釈して普遍的なものに還元していくには、個別の事情に対する解釈・分析を材料にせざるをえないでしょう。それこそがまさに、帰納法と言われるものでありましょう。
私はまさにこの過程で、ナハさんは重大な間違いを犯されていると考えているのです。
私の知り合いにある医師がおります。その人に、このような質問をいたしたことがございました。
「まったく同じ材料・同じ器具を用い、同じ時間を掛け、同じ方法を取って実験を行っても、Aという人とBという人では違う結果が出ることがある、ということはありますか?」
答えはこうでした。
「それどころか、同じAが実験しても毎回違う結果が出る、ということさえあります」
「では、論文を書くときにその実験の結果が必要な場合にはいったいどうするのですか?」
「何度も実験を繰り返し、そのなかでこれが正しいと思う実験過程とその結果を取り上げます」
「では、最後は個人の判断次第ということになりますね。そして、その判断が論文の質を決定するのでは?」
「そういうことですね」
私は、「最後の個人の判断」のところでナハさんの、そもそもの
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=29284
>在日は日本で育っただけの日本人では無い者。
以下のご文章は一部を全体にまで拡大したことによる誤りがある、と強く感じます。
以下のサイトに、格好の材料がございます。
http://aki1968.cocolog-nifty.com/news_from_japan/2005/02/post_8.html
>先月の東京都管理職試験受験資格の最高裁判決に関する雑誌『Newsweek(日本版)』(2月16日号)の記事の情報を得た。寄稿したのは、判決に対して悪態をついた鄭香均氏の兄、鄭大均東京都立大学教授である。大均氏に関して、私は彼の主張に納得しているだけでなく、実証的で丁寧な仕事をする研究者として評価している。
>話を戻すと、じつは、二人の苗字、出身地が同じで年齢も近いことから、香均氏が大均氏の妹ではないかと感じていた。先週、飲みに行った際、韓国・北朝鮮関係に詳しい知人が「あの人は大均さんの妹なんだ。困ったものだ」と語っていた。 たぶん、大均氏が妹の裁判について何かの雑誌に書くのではないかと思っていたら、やはり。
長くなるが、記事の抜粋を。
それにしても、なんという皮肉だろう。私は今まで、韓国・朝鮮籍をもちながら本国への帰属意識に欠ける二世や三世の在日コリアンは、早く日本国籍を取得して日本社会のフルメンバーとして生きるべきだと主張してきた。一方で私の妹は、自らを抑圧や差別の「生き証人」として位置づけて行動している。帰化などというのは、彼女にとっては敗北を意味するにちがいない。…
私が妹や在日に伝えたかったのは、被害者としてのアイデンティティーにとらわれ、そこに人生の根拠や動機を見いだすのは賢明な生き方でないというメッセージだ。だが妹には、兄の言葉より在日たちの「闘いの伝統」のほうが魅力的であったらしい。
妹の裁判闘争に私が批判的だったのは、何よりもそれが「在日の不透明性」を永続させると考えたからである。現在の在日は、韓国・朝鮮籍をもちながら本国への帰属意識に欠け、また外国籍をもちながら外国人意識にも欠けているようにみえる。外国籍を維持したまま内国人との平等をめざす妹たちの運動は、在日のアイデンティティーと帰属(国籍)の間にあるズレを永続化させてしまう。…
90年代半ば以降、韓国・朝鮮籍からの帰化者は、年間1万人で推移してきた。これは在日が日常的に体験する不透明性が限界に来ていることを物語ってもいる。在日は、いずれ日本国籍を取得して生きなければならないことを知っている。彼らにいま必要なのは、公務員就任権より日本国籍の選択権だ。
(リラによる中略)
在日コリアンは韓国ないし北朝鮮の社会における構成員でなく、日本社会の構成員である。しかしながら、前にも書いたが、日本で生まれ育ち、母語として日本語を話し、日本での特別永住許可を得ても、外国籍のままで完全に日本人と平等になることは不可能なのだ。今後、日本国籍取得は避けて
これは メッセージ 29456 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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