醜い韓国人、たった一回だけデモ
投稿者: aho_urinara_aho 投稿日時: 2004/10/31 08:12 投稿番号: [24416 / 44985]
歴史はただ一度だけ、総督府の前でデモ事件があったことを記録している。
今は治療術がよくて問題はないのだが、その当時、「ハンセン病」は「天の制裁(天刑)」と呼ばれていた。彼らは家族から捨てられ、当局にとっても蔑視の対象でしかなかった。彼らはどんな形であろうとも保護を必要とすることと、同時に周囲の関心を喚起させる必要を感じたあまり、植民地時代に「デモ」という形で意思表示を強行したのであった。
1932年、朝鮮全域から集まった「ハンセン病」患者600名の行進者は、光州から歩いて12日で京城に到着した。警察も憲兵も、ハンセン病患者ということで彼らを怖がって彼らの行進を阻止できなかったのだ。行進は崔興[王+宗]牧師が指導した。結局、総督府当局はハンセン病患者の代表、崔牧師と宇垣総督の単独面談をとりもって事態を収拾した。旧朝鮮皇室と、日本の皇室、そして朝鮮内の有志が寄付金を寄託し、その金で小鹿島の療養施設を拡大し、この事件を契機にハンセン病患者の治療政策を新たに考究したという。
「ソウルに刻まれた日本」
鄭雲鉉
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