醜い韓国人、朝鮮通信使の嘆き
投稿者: aho_urinara_aho 投稿日時: 2004/10/31 08:17 投稿番号: [24417 / 44985]
大阪の感想
「三神山の金闕銀台とは
まことこの地のことであろう」
「人家が塀や軒をつらね
その賑わいの程は我が国の錘絽(ソウルの繁華街)の万倍も上である」
「北京を見たという訳官が一行に加わっているが
かの中原の壮麗さもこの地には及ばないという」
名古屋の感想
「山川広闊にして
人口の多さ
田地の肥沃
家々の贅沢なつくり
遠路随一といえる
中原にも見あたらないであろう
朝鮮の三京も大層立派であるが
この地に比べれば 寂しい限りである」
江戸の感想
「楼閣屋敷の贅沢な造り
人々の賑わい
男女の華やかさ
城郭の整然たる様
橋や船 にいたるまで大阪、西京(京都)より三倍は勝って見える」
京都の感想
「惜しんで余りあることは
この豊かな金城湯池が
倭人の所有するところとなり帝だ皇だと称し子々孫々に伝えられていることである」
第11次朝鮮通信使節(1763〜1764)の金仁謙の日本紀行文、
「日東壮遊歌」金仁謙著
高島淑郎訳
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